第14話 路地

「旅行の行き先どうしようか?」


葉月と翔馬は今日もデートでカフェに来ていた。

「近場だよね。伊豆とかは?いろいろ遊べるみたいだよ。」

葉月が言った。

「伊豆か〜いいねー。」

葉月は翔馬が同意の言葉を口にするのを、味のしないアイスティーを飲みながら無言で聞いていた。

「でもさー近場って言ったらやっぱ箱根で温泉じゃない?」

翔馬の言葉を聞いて、葉月は「やっぱり」と思った。

「いいね、箱根。湖とかあるんだよね。」

葉月はにっこり笑って答えた。

(翔馬くんの中ではもう箱根に行くって決まってる。)

ここで葉月が他の候補を挙げれば、おそらく翔馬は不機嫌な表情を見せるだろう。


旅行先でもきっと同じように、葉月に提案を求めても、翔馬の希望が決まっている…というやりとりが繰り返されるだろうと想像がつく。

———ふぅ…

葉月は翔馬に気づかれないような小さな溜息をいた。


(全部リードして決めてくれてるって思えばいい…のかなぁ…)


——— 本当は自分でもわかってるんじゃないの?どうするべきか


(…うるさいなぁ…)


「箱根って美術館もいくつかあるよね。」

「ああ、そうだっけ。そういえばクチコミにもあった気がする。」

「行けたら行きたいな。」

「ん〜…今回の旅行ではそういうのやめない?」

翔馬は苦笑いのような顔で言った。

「そういうの?」

「美術館とかギャラリーとか、いつも行ってるじゃん。」

「でも、箱根の美術館は箱根でしか…」

「温泉でのんびりしてさ、美味いもの食べる旅行にしよ?」

「………うん、そうだね。」

その日のデートは、翔馬の観たい映画を観て、翔馬の食べたいものを食べ、翔馬の買い物をした。

(………)



翌週の土曜もまた、葉月は翔馬と出かけていた。

「え…メガネ…?」

この日、葉月はメガネをかけていた。もちろん、翔馬が嫌な顔をするのは予想の範疇だ。

「今日の美術館、少し暗いみたいだからメガネで行きたいの。」

「着いてからかけたらいいじゃん。」

「ケース忘れちゃった。ごめんね。」

「まぁ…しょうがないか。今日一日だけ。」

翔馬は溜息をいた。

「出るのが遅かったから、ランチ終わっちゃってるかな。」

葉月が言った。

「どうかな。何食べたい?」

「……この辺においしい洋食屋さんがあるらしいよ?」

「洋食か〜…だったらさ、水端みずはし町の方にあるハンバーガー屋さん行かない?」

翔馬は笑顔で言った。

「ハンバーガー…」

「美味いらしいよ?」

「私…今日はパスタとか…そういう系の洋の気分なの。ダメかな…」

「なんで?ハンバーガーでもいいじゃん?」

翔馬が不機嫌になる。

「今日は葉月の行きたい展覧会に行くんだから、食事くらい俺が決めてもいいよね?」

「………先週は…」

葉月がポツリと言った。

「え?」

「先週は翔馬くんが観たい映画で、翔馬くんが行きたいご飯で、翔馬くんの買い物だったよ?」

翔馬はムッとした。

「なにそれ。行き先決めるのとかめんどくさいでしょ?それを決めてあげてるんだよ?」

「…決めてほしいって言ってない。相談して決めたい…」


———ハァ〜ッ


翔馬は大袈裟とも感じられる、大きな溜息をいた。

「ちょっと来て。」

「え…っ、ちょ…翔馬くん!?」

翔馬は葉月の腕を掴んで路地に引っ張っていくと、壁ぎわに葉月を立たせて向かい合った。

葉月の心臓はバクバクと早い鼓動を奏でている。

「今日の態度なんなの?」

「何って…」

「食事くらい、どっちが決めてもいいよね?」

(…だったら私が決めてもいいはずじゃん…)

そう思ったが、葉月は黙っていた。

「いつも葉月が行きたいギャラリーとか美術館とか行ってあげてるよね?」

「………」

「そのメガネもさ、俺がメガネ嫌いだって知ってるよね?」

「でも、メガネがあったほうが動きやすいよ…」

「あのさぁ…葉月は俺の彼女なんだから…」

翔馬は葉月が反論したことに呆れたように言った。

「…かけたい時にメガネかけたいし、バイトだって好きな時間にしたいよ」

「は?」

「旅行だって…私は伊豆に行きたいし、箱根に行くなら美術館に行きたい」

「葉月はまだ高校生なんだから、俺の言うこと聞いてたほうが—」

「私は翔馬くんの人形じゃないもん!納得できないことは聞きたくない!」


———パンッ

———ッカシャン…


翔馬が葉月の左頬を叩くと、メガネが地面に落ちた。

「………え…」

葉月は一瞬、状況が飲み込めなかった。

「あのさぁっ、まだガキなんだから—」

翔馬は謝るわけでもなく、まだ高圧的な言葉を投げようとしていた。葉月は信じられない気持ちで左頬をおさえながら地面を見ていた。


「痴話喧嘩なら、他所よそでやってくれませんか?店内まで聞こえそうなんですけど。」


誰かの声がした。

どうやら飲食店の脇の路地だったらしく、裏口から出てきた店員のようだ。

「とりあえず、もうやめといた方がいいんじゃないですか?」

「なんだよお前、関係ないだろ。」

「あんたさぁ…今この子のこと叩いた?メガネ吹っ飛んでるけど。警察行って俺が証言してもいいんだけど?」

店員に言われると、翔馬は舌打ちをして路地から出て行った。

葉月は俯いたままホッとした。


「あれが、歳上で落ち着いてて優しい彼氏?」


(…え!?)

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