第13話 正論

——— 荻田がやりたいバイトをやりたいようにやった方がいいと思うけど


羽生に言われたことに腹が立つ理由はわかっていた。

(羽生くんはいつも自分の意思に真っ直ぐで、正しい。)

そうなれない自分を知っているだけに、指摘されれば腹が立つ。


——— 責任感強めで、流れと相手に合わせちゃうタイプ…か


羽生に言われた言葉がぎる。

(……責任感ていうか…不機嫌になられたりするのが嫌なの…)


バイトの求人サイトをどんなに見ても希望のバイトがみつからないことにだんだんと虚しさを覚え始めた。



「バイトするの、やめる。」

葉月は翔馬に伝えた。

「べつに今すぐ始めなくてもいいし、もう少し考えてから始めようかなって。」

「お金に困ってないなら、葉月はバイトしなくてもいいと思うよ。」

翔馬はどこか嬉しそうだ。

「じゃあ葉月、時間あるよね?」

「え?」

「旅行行かない?一泊で。」

「え…」

「来月あたり、近場でのんびりしようよ。金は俺が出すからさ。」

「近場でのんびり…」

「嫌?」

葉月のテンションが上がらないことに、翔馬は不満そうな顔をする。

「…嫌じゃないけど…来月はテストが…」

「テスト終わってからでいいからさ。行こ?」

「う、うん…」

葉月はニコッと笑った。感情の追いつかない愛想笑いだった。


(近場で一泊旅行って…つまりそういうことだよね…?)


———葉月は高校生なんだから勉強する時間が大事でしょ?


(なーんか矛盾…)




———ハァ…


「溜息」

放課後

二人きりの教室で日誌を開きながら、羽生が浮かない顔の葉月に言った。

気づけばまた日直の当番が回ってきていた。

「最近多い」

「………よく気づくね…」

「誰でも気づくレベルだろ。多分松嶋も思ってるよ。」

葉月は「ははは…」と力のない空笑いをした。

「バイト始めた?」

「………」

羽生の質問に、葉月は間を置いて首を横に振った。

「条件に合うバイトがみつからなかった?」

「それもあったんだけど…バイトするのやめたの。」

「なんで?」

「………なんか…虚しくなっちゃって」

葉月は日誌にペンを走らせながら言った。

「やりたいバイトを選んだら誰かに嫌な顔されちゃうし、じゃあ自分がやりたいことじゃないバイトをやらなきゃいけないのかな〜って。別に今そこまでしてバイトしなくてもいいかなって思っちゃったの。」

「荻田の買いたいものって何?」

「パソコン…」

「それってデザインで使いたいやつなんじゃないの?誰かって彼氏だろ?」

「………」

「優先順位が違うと思うけど。」

「……正論」

視線は日誌に向けたまま、葉月はつぶやいた。

「みんながみんな、羽生くんみたいに自分の意思だけで動けるわけじゃないよ…正直、羽生くんはポリシーみたいなものがあってかっこいい。」

「…荻田は動けると思うけど。」

「………」

葉月の手が止まる。

「なんでそんなに周りを気にしてるのか知らないけど、好きなこともやりたいこともはっきりしてるだろ?本当は自分でもわかってるんじゃないの?どうするべきか。」

「でも……」

葉月は言葉に詰まってしまった。

———パタン…

「日誌書き終わったし、帰るか。」


羽生が素顔を見せて以来、以前よりも会話が増えた。


バイトのことに加えて旅行のことも葉月の溜息の原因だったが、それは羽生には相談できなかった。


——— 本当は自分でもわかってるんじゃないの?どうするべきか


羽生の言葉がむねにトゲのように刺さったままだった。

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