第11話 知らない羽生くん

「…ドチラサマデスカ…」

バーベキューの翌日、登校した葉月は戸惑っていた。

隣の席の真面目なメガネの少年が、イケメン男子に変わってしまった。

「今さらメガネにあの髪型したらコスプレだろ…」

「まぁ…そうだけど…料理の本は…」

「しばらく読まない。」

クラス中の女子の視線が集まってしまい、いつものように料理の本を読んでいれば話しかける口実にされてしまう。

「…なんかごめんね…」

本当ほんとにな。」

葉月はしゅんと肩をすぼめた。

「俺が料理しなきゃ良かっただけの話だけど。」

「………」

羽生が自分を落ち込ませないようにしているのがわかった。

「そのうちみんな飽きるだろ。」


羽生の予想に反して、女子たちの興味は薄れる様子がなかった。

イケメンがいるという噂が広まり、休み時間のたびに他のクラスや他の学年の女子が羽生を見にきては黄色い声を上げていった。

授業中は存在感をうまく消していた羽生だが、妙にオーラが出て目立つ風貌になってしまったため、よく指されるようになった。しかも毎回スラスラと正解を答えている。

体育の時間も、今まではグラウンドや体育館の隅で適当にやり過ごしていた羽生だが、メガネが無くなったからか球技でも陸上競技でも、運動部顔負けの動きを見せた。

「うちの学校で一番イケメンなのって絶対羽生くんじゃん!」

「羽生先輩やばくない!?」

日に日にファンが増える有り様だ。


(なにこれ…すご…同じ人とは思えない…)

こうなる前から毎日羽生を観察していた葉月は、羽生を取り巻く環境の変化に本人以上に驚いていた。


(でも…なんか、なんか、なーんか……)

葉月はモヤモヤした気持ちを抱えていた。


「マイナーだけど好きだったマンガが、ドラマ化されて急にメジャーになっちゃった感覚…」

休み時間に葉月が言った。

「なんだよそれ…」

葉月の例えに羽生が苦笑いをした。

「羽生くん本人はあんまり驚いてないんだね。」

「うんざりはしてるけど…中学もこんな感じだった。だから同中のやつがいない学校にしたんだけど。」

葉月は中学生の羽生を想像してみた。

「ところで…マイナーだけど“好き”だった?」

羽生がいつものいたずらっぽい笑みで葉月に言った。

「た、例えだから!マンガの話だから…!」

「ふーん」


「最近お弁当どこで食べてるの?」

「教えない」

「あ、羽生くんらしい。」

手紙付きの弁当も、視線を集める教室では食べられなくなってしまった。

「お弁当作ってくれるかわいい子がいるって宣言しちゃえばいいじゃない。」

「だから、あれはそんなんじゃないって。」

「ふーん…」

(なんでそんなに頑なに認めないんだろう…)

「それにしても、羽生くん本当に料理上手だったね。」

葉月はバーベキューの日を思い出して言った。

「焼きそばもただのソース焼きそばじゃなくてちょっとエスニックっぽくなってて美味しかったし…」

「焼きそばで料理上手って…」

「それに、全然やる気ないのかと思ったらデザートの材料持って来てたし…あれ、超美味しかった。」

葉月は笑顔で言った。

羽生はバーベキューの最後にバナナとリンゴをキャラメリゼして、シナモンを振ったデザートを作ってみせた。

「あれは——いや…まぁいいや。」

羽生は何かを言いかけてやめた。


(モテるのは納得だけど…ちょっとさみしい気もする…)


(いや、ただの隣の席の人として、だよ。)

葉月は翔馬の顔を思い浮かべて、頭の中で言い訳するように言った。


(だって結局、羽生くんがなんで料理が上手いのか、そもそも料理が“好き”なのかどうかもわかんないし、お弁当のことだってよくわかんない。相変わらず放課後はソッコー帰るし。羽生くんのことなんて他の子たちと同じくらい何も知らない…)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る