第10話 かわいい

「え、おいし〜い!」

「プロの味じゃん!」

「やるなー」

羽生が焼いた肉や野菜を食べながらクラスメイトや先生が感嘆の声をあげた。

羽生は肉や野菜を焼きながら、あり物の材料で肉にかけるソースや野菜のディップソースまで作ってしまった。


「はい、荻田の分。」

「…ありがと。」

なんとなく羽生の側に近寄れずにずっと木陰にいた葉月に、羽生が肉と野菜の皿を渡した。そしてそのまま、先ほどと同じように葉月の隣に腰を下ろした。

「…なんか…女子の視線を感じるんだけど…。」

「知るかよ。荻田のせいじゃん。」

「…こんなの予想できるわけないでしょ…。」

隣にいるイケメンが羽生だということが、いまだに信じられない。

「その顔で料理ができたら…そりゃぁモテるわ…」

「高校では静かに過ごしたかったんだけどな…。」

「そのセリフも嫌味に感じないくらい納得するよ…この反応…」

(たしかにさっきまではびっくりするくらい上手く真面目少年に擬態してた…)

葉月は感心すらしていた。

「で?」

羽生が葉月をチラッと見た。

「え?」

「感想は?」

「あ…料理の感想?…えっと、すごく美味しい…ってこんな感想ありきたりだよね。えっと…」

上手く感想が出てこない葉月に、羽生はいつになく柔らかい笑顔を見せた。

「いいよ、表情かおで伝わった。」


———たしかに感想は嬉しい、料理も


羽生の言葉を思い出した。

教室にいたのと同じ羽生だと感じて、葉月はなんとなく嬉しい気持ちになった。


「羽生く〜ん」

二人の様子を見ていた女子たちが、周りに腰を下ろした。

「羽生くんと葉月ちゃんってよく話してるけど、二人って付き合ってるの?」

ストレートな質問が飛んできた。

葉月は首をぶんぶんと横に振った。

「全っ然!そんなんじゃないよ。」

「え〜そうなんだぁ!」

取り囲む全員が明らかに嬉しそうな顔をした。

「羽生くんて彼女いるの?」

「…いないけど。」

羽生は若干面倒くさそうにしながらも質問に答えた。

(…でもお弁当のかわいい子がいるよね…)

葉月は野菜を食べながら、心の中でつぶやいた。

「羽生くんてどういう子が好きなの?」

「うーん…」

羽生は少し考えてから、口を開いた。

「“かわいい”って思ったら、タイプかな。」

葉月は一瞬、羽生に「かわいい」と言われたことを思い出したが、弁当の「かわいい」相手のことも同時に思い浮かべて打ち消した。

「じゃあ葉月ちゃんはタイプじゃないね。葉月ちゃんは“かわいい”系じゃなくて、“きれい”とか“大人っぽい”って感じだもんね。」

女子の一人が牽制するように言った。

(はいはい、そうですよ。わかってます。)

葉月は自分を引き合いに出されたことに呆れながら、食事を続けていた。

「なんで?」

羽生が言った。

「え?」

「荻田、かわいいじゃん。」

「「え!」」

女子がざわめくのと同じくらい、葉月の心もざわめいた。

(何言っちゃってんの!?)


「みんなかわいいよ。」

羽生があっけらかんと言って、わざとらしく微笑んだ。

「なんだ〜…」

「でも俺、今あんまり誰とも付き合う気ないんだよね。」

「えー!なんでなんで〜?」


「次に付き合う子とは、できれば結婚したいから。」


「え」

(え)

「高校生でそれはちょっと重くない?」

周りを囲んでいた女子が少し引いたような空気になったのを見て、葉月は羽生の考えを理解した。

「だよね?だから今は彼女いらないんだよね。」

羽生は笑って言った。

「焼きそばあったよね、作ろうかな。」

羽生が立ち上がってコンロの方に戻っていくと、女子たちもついていった。

「結婚だって〜」

他の女子たちと一緒に葉月のそばに戻っていた茅乃が、葉月に言った。

「ははは、すごいね」


(あんなの、女子の興味を削ぐための嘘でしょ。)


(みんな“結婚”なんてセンセーショナルなワードに気を取られてるけど、今の発言のポイントは“次に”ってとこよね。次ってことは前があるってことじゃん。しかも彼女作りに困ってなさそう。やっぱり恋愛上級者…)


(あ、お弁当の子が“彼女じゃない”って、もしかして“婚約者”?結婚てあながち嘘じゃないのかも…?)

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