第9話 バーベキュー番長

5分後には葉月を含め、全員呆気に取られていた。


「とりあえず火ぃ起こすから、手空いてる人は新聞紙でこのくらいの棒作って。12〜3本くらい。あとは炭を大小でサイズごとにわけといて。」


「肉は切らずに焼くけど、もうクーラーボックスからは出しといて、常温にするから。塩胡椒もちょうだい。」


「野菜は肉を常温に戻してる間に俺が切るから、とりあえず食べたい分だけ出しといて。包丁どこ?」


羽生が的確に指示を出していた。


「し、新聞紙で棒作ったよ。」

クラスメイトが野菜を切り始めている羽生に声をかけた。

「そしたら、こんな感じで“井”の字になるように組んで…」

羽生が指で“井”のような形を作った。

「その上と周りに、まずは小さめの炭から置いていってもらって…」

羽生が野菜を切る手つきも慣れたものだ。


「ねえ、どういうこと?羽生くんて、バーベキュー番長なの?」

茅乃が葉月に話しかけた。

「さ、さあ…?料理は好き?みたいだけど…」

葉月も他のクラスメイトと同じように戸惑っていた。


———俺の静かな高校生活を邪魔したこと、恨むからな


(どういう意味?あだ名が“バーベキュー番長”になっちゃうってこと?)


「てゆーか…ちょっとかっこよくない?」

茅乃が言った。

「え!?」

「羽生くんて背高いし、意外といい身体してるね。」

「は?」

「あのメガネと髪型が陰キャっぽいけどさ〜、この仕切りのうまさ、ヤバ…」

茅乃の目が羽生を捕らえて離さなくなっている。


「羽生くん、何か手伝うことある?」

他の女子が羽生に話しかける。

「あーじゃあ切った野菜、皿に盛ってくれる?」

「羽生くん、他には?」

次々とクラスメイト、とくに女子が羽生の周りにやってくる。いつの間にか茅乃も混ざっている。

「とりあえず、あとは肉食べられるとこまで俺がやるから、みんなテキトーに遊んでて。」

「え〜!焼くとこ見ててもいい?」

女子が離れようとしない。

「別にいいけど、おもしろいものでもないよ?」


(なんか…なんか…羽生くんて…女子と話し慣れてない?)

遠目に様子を見ていた葉月は、羽生の態度がいつもと違うことに驚いていた。


「あーっ…つーかウゼーな…やっぱダメだ…」

羽生はTシャツの袖で汗を拭きながら、イラついたようにつぶやくと、メガネを外して前髪を掻き上げた。

外したメガネは、ひとまず、という感じでTシャツの襟元にかけられた。

「え…」

葉月が驚いて小さな声を上げると同時に、茅乃を含めた女子が「キャー」や「ぎゃー」といった、黄色い声を上げた。男子すら「えっ」という声を上げた。

(いや、待って待って、メガネの真面目そうな少年はどこに行ったの?)


つい5秒前まで、いつもの羽生が立っていたコンロの前には、汗ばんだ髪に色気すら感じるような背の高い美少年が立っている。


(嘘でしょ…?)


周りの女子の黄色い声を気にしない様子で、羽生は肉や野菜を焼き続けている。

「羽生くん、なんか手伝うことない!?」

「ないない。火危ないから、みんなちょっと離れてて。」

そう言って女子たちを軽くいなした羽生と、木陰から眺めていた葉月は不意に目が合った。

羽生は「だから言ったじゃん」という視線を向けた。


(こんなの予測不可能でしょ…)

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