第7話 ラクガキ
「ノート、見る?」
世界史の授業中、羽生がめずらしく居眠りをしていたのに気づいていた葉月は、休み時間に目を覚ました羽生に声をかけた。
「………ありがと…」
まだ眠たそうにボーっとした顔で羽生はノートを受け取った。
(隙がある感じ、めずらしい…)
葉月はクスッと小さく笑った。
「これ…」
ノートをパラパラとめくっていた羽生の手が止まった。
「荻田が描いたの?」
「え…あっ!」
ノートの片隅に、教科書に載っている歴史上の人物の名前や出来事をブランドや映画のロゴのようにデザインしたラクガキがあった。
「描いてあったの忘れてた…恥ずかしいから見ないで…」
葉月は気恥ずかしそうな顔をした。
「なんで?すごいじゃんこれ。」
「え」
「人によってテイストが違っておもしろい。」
いつもの淡々とした口調で言われると、恥ずかしいと思っていたのが不思議に思えてくる。
「ロゴデザインするのが好きなの?」
羽生がめずらしく興味を持ったように質問した。
「うん、ロゴのデザインも好きだし、もっと…ポスターとか、本の装丁とかイベントのフライヤー?ってゆーのかな…あーゆーのも…好き。見るのも好き。」
「へぇ。俺はこれとこれが好き。」
羽生はラクガキの中の二つを指差してみせた。
Jeanne d'Arc — ジャンヌ・ダルク—
Marie Antoinette — マリー・アントワネット—
「フランスっぽさが出てるし、ジャンヌ・ダルクが甘い雰囲気で、マリー・アントワネットがマニッシュな雰囲気ってのがイメージと逆でおもしろい。」
(………)
「…わざと、そうしたの。歴史上の人物の本当のことってわからないから、本当はイメージと逆だったらおもしろいなって。」
「へえ。」
「そんな風に感想言ってもらえると嬉しいね。今まであんまりひとに見せないようにしてたから…。」
葉月ははにかんだような笑顔で言った。
「…たしかに感想は嬉しい、料理も。」
羽生がボソッと言った。
羽生が自分から料理というワードを口にしたのは初めてのような気がする。
「今、料理の話…」
羽生はそれ以上は何も話さず、ノートを書き写していた。
(マニッシュなんて言葉、よくパッと出てくるなぁ…。それに“フランスっぽい”って言えちゃうのもすごいなぁ…。)
葉月は頭の中で羽生の言葉を繰り返した。
「ノートにラクガキしてるじゃん。」
葉月は2年前のことを思い出していた。
「だって…描きたくなっちゃうんだもん。」
今回のようなラクガキを、家庭教師だった翔馬がみつけた。
「葉月ちゃんは受験生なんだから、ラクガキしてないでちゃんと勉強に集中しようね。」
「はーい…。」
葉月は頬をプクッと膨らませながら、返事をした。
(翔馬くんは感想なんて言ってくれなかったな…)
(…いや、翔馬くんは翔馬先生だったんだから、余計なこと言わずに勉強させるのが正しいんだけど。)
(でも、羽生くんは先生してても感想言ってくれそうかも…)
(…って、
「これありがとう。助かった。」
羽生の声に、葉月はハッと現実に引き戻された。
「あ、う、うん!よかった。」
少し焦ったような表情でノートを受け取った。
「お礼はするから、なんかあったら言って。」
「え〜いいよそんなの。」
葉月は笑って言った。
「まぁ、なんか思いついたら言って。」
「うん…。」
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