第5話 日直

「荻田さん、明日日直よろしくー。羽生くんにも言っといて。」

ある日の放課後、前の席のクラスメイトが葉月に言った。

このクラスでは席順で隣同士の2名が日直を担当する。葉月は羽生とペアだ。

(言っといてって言われても…)

葉月は主の気配の無くなった隣の席に目をやった。

羽生はいつも通り、HRが終わると同時に教室を後にしていた。

(…日直とか気づいてないだろうなぁ。明日も早く帰っちゃいそうだし…)


翌朝 職員室

「日誌なら相方がとっくに持ってったぞ。」

いつもより30分早く登校し、日直の仕事である日誌を取りに来た葉月は担任の言葉に驚いていた。

そして足早に教室に向かった。

「おはよう、羽生くん…」

「おはよう。」

教室では羽生が一人、空気を入れ替えるために窓を開けていた。葉月も急いで残りの一箇所を開けた。

「ごめんね、遅くなっちゃって…」

「いや、俺が早く来すぎただけだから。」

羽生は気に留めていない、いつもの淡々とした口調で言った。

「知ってたんだね、日直…」

「なにそれ、当たり前じゃん。俺のことどんなヤツだと思ってんだよ。」

朝の光とカーテンのゆらめきの中で、羽生の不敵さを含んだ笑みもいつもより優しく見える。

「…どんなって…全然わかんない謎の人…だよ。」

葉月のボヤくような答えに、羽生はまたフッと笑った。


日直の仕事は簡単なもので、朝一番に教室に来たら空気を入れ替えること、その日の出来事を日誌に記入すること、そして各授業ごとに黒板に書かれた板書を消すことだ。


「上の方は俺が消しとくから、荻田はテキトーに下の方だけ消しといて。」

こうして並ぶと羽生は背が高い。葉月も背が低い方ではないので黒板の一番上まで消せるが、羽生は気づかってくれたようだった。

(…何気に腕がたくましい…)

黒板消しを左右に動かす羽生の腕は、本ばかり読んでいて、スポーツもしなそうな羽生のイメージからは想像できない筋肉質なものだった。

(…趣味、筋トレとか?)

知れば知るほど、よくわからなくなっていく。


放課後

「今日は早く帰らないんだ…」

もう他の生徒は全員いなくなった教室で、日誌に向かいながら葉月が言った。

「だからどんだけ薄情なやつだと思われてんだよ、俺。」

「だっていつも一番に帰るから。大事な用事があるのかと思った。」

「…あぁ、まあね。でも日直サボったりはしないよ。」

「大事な用事はあるんだ。」

葉月がポツリとした声で言った。

「俺が帰っちゃっても、自分一人でやればいいやって思ってた?」

「え……うん…」

葉月は頷いた。

「責任感強めで、流れと相手に合わせちゃうタイプ…か。」

自分の性格を言い当てられ、葉月はギクッとする。

「…羽生くんには関係ない…」

羽生の口癖を真似て、ツンとした態度で言った。

「まぁそうだけど、少なくとも俺のせいで荻田が大変な思いする必要はないから。なんかあったら言って。」

「……羽生くんて、全然わかんない。」

羽生はまた余裕のある笑みを浮かべた。


他人に無関心なようで、簡単に葉月の性格を見抜いてしまう。

冷たいようで、さり気なく気づかいを見せる。


「結局なんで伊達メガネなの?」

「………」

「それは教えてくれないんだ。お弁当は彼女のお手製でしょ?」

「ちがうよ。」

「でも毎回手紙つきだよね。」

「…よく見てんな。」

羽生が眉を下げて少し呆れたように笑った。

「かわいい彼女なんだろうな〜って。」

「…彼女ではないけど、“かわいい”は当たり。」

「え…」

———パタ…

会話を終わらせるように羽生が日誌を閉じた。

「書き終わったから、さっさと置いて帰ろう。」


「荻田って彼氏と上手くいってないの?」

職員室に向かう廊下で、珍しく羽生から質問された。

「んー…上手くいってるとかいってないとか、まだそういうレベルじゃないかなー。付き合って3ヶ月とかだから、まだよくわかんないって感じ。あ、でも歳上だから落ち着いてるよ。」

「ふーん」

質問してきたわりに、関心が薄そうな反応をする。

「前にも言ったけど、彼氏がいるなら必要以上に他の男に関心持たない方がいいよ。彼氏が大事ならね。」

羽生は軽く忠告するように言った。

「なら、関心持たせるような謎の答えを全部教えて欲しいんだけど。」

不機嫌そうな口調の葉月に、羽生は笑った。

「とにかくさ、そういうのって相手も勘違いさせるから気をつけた方がいいと思うよ。」

「…羽生くんは勘違いなんてしない気がするけど。」

「どうかな。」

羽生はまた、感情の読めない不敵な笑みを浮かべて言った。


(かわいい彼女…じゃないって言ってたけど、お弁当作ってくれるかわいい相手がいるのに、他の女になんて目がいかないでしょ。)

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