第3話 お弁当

——— 羽生くんてどっちかって言うと陰キャじゃない?


(そうかなぁ…静かだけど、なんか陰キャっぽくはないんだよね。)

茅乃の言葉を思い出して、葉月は考えていた。

(羽生くんて彼女いるっぽいし。)

葉月がそう思う理由は、羽生の昼食だった。


羽生は昼休みになると毎日自席で弁当を食べている。

少し離れた席に友人たちと集まって昼食をとる葉月は、その様子をこっそり観察していた。

(よく見えないけど、エビフライとかハンバーグとかオムライスとか…いつも女子が作りそうな華やかなお弁当…それに…)

羽生が食べる弁当には、いつも手紙のようなものが添えられている。羽生は毎日、弁当を食べる前にその手紙を読む。そして弁当を食べ終わると、その手紙に何かを書き込んでいる。

(あれって絶対…)


【彼女の手作り弁当に添えられた「勉強頑張ってね♡」的な手紙に、「今日もおいしかったよ♡」的なお弁当の感想を書き込んでいる】


というのが葉月の予想だ。

(……うーん、でもなんか… 「今日もおいしかったよ♡」は、羽生くんのキャラっぽくはない…かも…)


(てゆーか、羽生くんて料理が趣味とか言ってたし、彼女のお弁当のハードル高そ…)


「…葉月も行かない?」

羽生を見ながらあれこれ考えていた葉月は、茅乃に話しかけられてはハッと我にかえった。

「えーっと、なんだっけ?」

「も〜!土曜に北高の男子と遊ぶから、葉月も行かない?」

「あー…土曜は予定あるから。」

「えー残念ー!葉月彼氏欲しいって言ってたのに〜!」

———ははは…

葉月は愛想笑いを浮かべた。

(北高の彼氏が欲しいとは言ってないけど…それに彼氏いるし…)

葉月は彼氏ができたことをなんとなく友人たちには言わないようにしていた。

あれこれ詮索されるのが面倒だし、翔馬と付き合い出したことが葉月の中で誰かに話したいほどはしゃぐようなことでもないように思えた。


(翔馬先生…じゃなかった、翔馬くんは大人で落ち着いてるからこっちも落ち着くっていうか…)

彼氏は落ち着いた歳上の人が良い、と思っていた葉月にとって翔馬は理想的と思える相手だった。



「羽生くんの彼女って、料理上手そうだよね。」

いつものように料理の本を読んでいた羽生に葉月が言うと、羽生は葉月の方を見た。

「…彼女?」

全くピンときていないような顔で言った。

「いつもお弁当…」

「あぁ…そういうことか。」

羽生はやっと理解したようだった。

「彼女なんていない。」

「えっそうなの?じゃあお弁当誰が作ってるの?お母さん?」

「………」

羽生は面倒そうに少し考えてから、首を横に振った。

「え〜じゃあ誰!?絶対彼女でしょ。」

———ふぅ…

羽生は手にしている本に向かって小さく溜息をつくと、パタンと閉じて葉月の方を見た。

「荻田さんこそ、彼氏おとこいるのに他の男に必要以上に構わない方がいいんじゃない?」

「え…」

葉月は一瞬、羽生の言った言葉が理解できなかった。

「…え!?なんで知ってるの!?」

葉月の顔面いっぱいに動揺が広がった。

「あぁ、やっぱ秘密だったんだ。」

羽生が淡々とした口調で言った。

「べ、べつに秘密にしてるわけじゃないよ。あえて言う必要も無いっていうか…」

———ふっ

動揺する葉月を見て、羽生は笑った。

「ひとには色々質問してくるくせに、自分のこと聞かれたら、そんな動揺しちゃうんだ。」

「え…べ、べつに…!」


「かわいいな、荻田。」


羽生は不敵な笑みを浮かべてそう言うと、また本を開いて静かな羽生に戻ってしまった。


葉月の顔は赤くなり、心臓はドキドキと早いリズムを刻んでいた。

(いや、これは彼氏がいるって知られてると思わなかったからびっくりしてるだけで…)


(ぜっっったい陰キャじゃないでしょ。何気に荻田って呼び捨てにされたし…)


(てゆーかマジでなんで知ってるの!?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る