第2話 となりの席の羽生くん

羽生はにゅう 晃一こういち

(謎…)


席替えから数日が経った頃には、羽生は葉月にとって気になって仕方ない存在になっていた。


(誰ともつるまない主義なのか、休み時間はいつも一人で本読んでるよね。)


(うまい具合に存在感消しすぎて、授業で全然さされてないことに気づいちゃったし(うらやましい))


(放課後はHRホームルームが終わったらソッコー荷物まとめて帰ってるし)


何より葉月が気になるのは

「羽生くんて、なんでいつも料理の本読んでるの?」

葉月が聞くと、羽生はまた怪訝な顔をした。

「…荻田さんには関係ない。」

羽生に言われて、葉月は思わずムッとした。

(それはそうかもしれないけど…)

「羽生くんて愛想無さすぎじゃない?」

不機嫌な口調で葉月が言った。

「それも荻田さんには関係ないことだよね。」

葉月は一瞬またムッとしたが、すぐに表情を戻した。

「それもそうだね。失礼しました。」

「………」

(私だって別に自主的に愛想振り撒きたいわけじゃないもんな〜)

「羽生くんくらい振り切ってるの、うらやましいかも。」

「…なんだそれ。」

羽生が一瞬、小さく笑ったのが意外で、葉月の心臓がほんの小さく跳ねた。羽生の表情はすぐに戻ってしまった。

「でも、毎日ずーっと料理の本読んでるのは興味ある。」

「……べつに、ただの趣味。」

「趣味?料理が趣味なの?」

葉月が好奇心に満ち溢れた表情でさらに質問してきたので、羽生は余計なことを言ったという面倒そうな表情かおをした。そして、音を遮断したかのように黙って本に向かってしまった。

(ほんとに詮索されるのが嫌なんだ…)


「あ、今日はワインの本だ。」

休み時間にまた葉月が羽生に話しかけた。

「………」

「16歳がそんなの読んでいいの?」

「18禁コーナーには置いてなかったけど。」

「あはは」

羽生が冗談ぽく返したので葉月は嬉しそうに笑った。

「それって普段読んでる料理の本と関係あるの?」

「荻田さんには関係ない。」

「ふーん…ワイン好きなの?」

「…10秒前に16だって会話したよな」

「ふふ」

葉月が笑うと、羽生はまた黙って本を読み始めた。

(ただの趣味で高校生がワインの本まで読むかなぁ…)


「葉月って最近よく羽生くんと話してるよね。」

葉月が友人たちと話していると、茅乃が言った。

「え?うーん…」

葉月は眉間にシワを寄せた。

「え?なに?」

「話してるっていうか…一方的に話しかけてるだけ?みたいな?」

葉月は羽生との会話を思い出しながら言った。

「なにそれ。ってゆーか、なんでそんなに話しかけるの?」

「なんでって?」

「だって、羽生くんてどっちかって言うと陰キャじゃない?」

「陰キャ…?」

「なんてゆーか、葉月とジャンルが違うって感じなんだけど。意外と葉月の好みのタイプってあーゆー感じ?」

茅乃がニヤっとして言った。

「そんなんじゃないよ。隣の席だからなんか話しかけちゃうんだよね。それだけ。」


(羽生くんに話しかけるのは、純粋に人間性に興味があるだけ。)

葉月がそう考えるのには理由がある。


「葉月、ごめん待った?」

「ううん、私も今来たところ。」

日曜日、葉月が家の最寄り駅で待ち合わせをしていたのは、葉月よりも少し年上の男だった。

山下やました 翔馬しょうま・大学3年生の20歳。葉月の彼氏だ。

翔馬は葉月が中学生の時に家庭教師として出会った。高校受験が終わり家庭教師の契約も終わったが、葉月は翔馬とLIMEで連絡を取り合っていた。

そして、2ヶ月ほど前に翔馬から告白されて付き合うことになった。

「好き」か「嫌い」かで言ったら「どちらかと言えば好き」で、歳上の翔馬と話をしていて楽しいと思う気持ちもあったので、翔馬に押し切られるように付き合い始めた。

中学生の頃にも彼氏がいたことはあるが、歳上の彼氏は初めてだ。


「葉月が行きたいギャラリーって表参道だっけ?」

「うん。好きなデザイナーさんの個展なの。」

付き合い始めたばかりの彼氏がいるのに、クラスメイトの男子に純粋な人間性以上の興味は無い。

…はずである。

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