晩酌していたら宇宙からエイが来ました
牧田紗矢乃
晩酌していたら宇宙からエイが来ました
怒濤の十二連勤が終わり、待ちに待った週末が訪れた。
生きるために仕事をしているのか、仕事をするために生きているのか。
それすらもわからないほど忙しい二週間だった。
そんな私の数少ない楽しみは、夜のベランダに出て夜空を見上げながらする晩酌だ。
誰にも邪魔される事なく、一人きりの時間を過ごす。それはとても贅沢な時間だ。
「カワイタ……」
不意に声が聞こえた。
顔を上げた私の視界に、平たい
UFOのような形をした、メロンパンサイズの
細くて長い尻尾のようなものも付いている。
「ちょっと、なに勝手に入ろうとしてるの!」
とっさに手を伸ばして侵入してきた
「ニンゲン……カワイタ……ミズ」
そして、勝手に部屋の中へ入ってしまう。
「ニンゲン……ミズ」
メロンパンほどの大きさの
「……えっ、なにこれ」
思わず声が漏れてしまう。
それほどまでに珍妙な姿をしていた。
カブトガニ――とも少し違うようだ。
謎の生物はどうも水辺の生き物のようだが、目に見えて乾燥しているのがわかる。
私はどうしていいのかわからず、とりあえずコップに水を汲んだ。
「タワケガッ」
不思議生物に怒られた。
この生き物、怒るんだ。
とりあえず、再びベランダへ連れて行ってコップに入れた水をかけてやる。
不思議生物は少し潤ったように見えた。
少し考えて、家庭菜園用に買っていたジョウロがあることを思い出した。
物置になっていた部屋から探し出して水を入れる。
「タワケッ」
また怒られた。
「ニンゲン、ミズ、タメロ」
心なしか喋りが流暢になった気がする。
水をかけたからだろうか。
水を貯めろと言われたので、私は不思議生物を湯船に入れ、そこに水を張る事にした。
湯船に水を入れる間も、不思議生物は冷たいだのなんだのと文句を言っていた。
けれど、いちいち相手にする義理なんてどこにもない。
相手が浴槽から出てくることはなさそうなので、安心してその場を離れることができた。
十分ほど経って様子を見に行ってみると、不思議生物は相変わらず湯船の中を
……が、何かが違う。
「でかくない??」
メロンパンサイズだった不思議生物が、目を疑うほど大きくなっている。
湯船の縁にぴったりとくっつきそうなほどに。
このまま湯船にくっついては面倒なので、私は不思議生物を湯船から引き上げた。
腰を痛めそうなほどズシリと重い。
「人間、いい湯であったぞ」
私の腕の中で喋り出した不思議生物だが、その語り口は妙に流暢になっていた。
「ねえ、ほんとなんなの」
「我か。我は宇宙エイである」
不思議生物は自己紹介まで摩訶不思議だった。
エイ、と言われればそう見えなくもない。
どこかカブトガニにも似た形状の魚のような生き物。
「……で、宇宙エイ様は何の目的でこんなとこへ来たのよ」
こっちは貴重な晩酌の時間を割いて相手をしているのに。
私がため息まじりに問いかけると、宇宙エイとやらはさも可笑しそうに尻尾をゆらゆらと動かした。
「我は銀河を泳いでいたのだ。ところが、途中で迷ってしまった。乾いて危ないところであった」
「銀河……」
銀河って地球から近いっけ。
そう思って調べてみると、どうやら地球も銀河の一部に属しているらしい。
なるほどね?
「そうだ、人間には礼をせねばならないな」
宇宙エイはそう言うと、私をベランダへ導いた。
「我と共にしばし泳ごうではないか」
宇宙エイは水中を泳ぐ時のように、全身を使って空を掻く。
すると、持ち上げるのにも苦労したあの身体がすっと空に舞い上がった。
こちらを振り向いて、私にもやってみろと訴えかけてくる。
「どうにでもなれ!」
恥を捨て、私は羽ばたくように両手を動かした。
ぐん、と体が持ち上がる感覚がする。
二度、三度と繰り返し手をばたつかせていると、私の体はベランダから離れて完全に浮遊していた。
「その調子だ。尾びれも意識しなければ、すぐに疲れるぞ」
宇宙エイの忠告も聞き入れながら、一人と一匹で空を飛ぶ。
昇るも降りるも思うがままだった。
三十分も飛ぶと、海が見えてきた。
途中の夜景も綺麗だったけれど、夜の海はまた違った良さがある。
宇宙エイは海を見つけると、嬉しそうに海に潜っていった。
それに続いて私も海に潜る。
泳ぎは得意ではない。けれど、不安なく海に入れたのは水面に映った自分がエイの姿をしていたからだろう。
宇宙エイは海底に身体を落ち着け、私は水中を縦横無尽に泳ぎ回った。
そこへ他のエイたちも集まってくる。
完全な非日常がそこにあった。
「さて、そろそろ我は行くぞ」
宇宙エイがそう告げた時、宇宙エイの身体はずいぶんと大きくなっていた。
小さな島くらいはあるのではないだろうか。
海の水をかなり吸ったと見える宇宙エイは、全身を使った泳ぎで海を出ると、そのまま上空へ向かって進み続けた。
「人間も元の場所へ戻るが良い。ここで別れだ」
「うん。ありがとう」
手(ヒレ?)を振って別れの挨拶をすると、私は元来た方向へ飛び立った。
「……へくしっ」
自分のくしゃみに驚いて、目が覚めた。
どうやら気付かないうちにベランダで眠り込んでいたらしい。
十二連勤の疲れというのは、私が自覚していた以上に深刻なのかもしれない。
「体いたーい」
ぐっと伸びをすると、手が缶チューハイの空き缶にぶつかった。
晩酌しながら居眠りをしたから、あんなおかしな夢を見たんだろうか。
やれやれ、と一息ついて部屋に入る。
冷え切った体を熱いシャワーで温めようとバスルームに向かうと、普段から栓を抜いてあるはずの湯船にくるぶしほどの深さの水が溜まっていた。
晩酌していたら宇宙からエイが来ました 牧田紗矢乃 @makita_sayano
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