第3話 魔女とお茶漬け②
「・・・・・・木村君?」
私は店に入ってきた女性を見て呟いた。
腰まで届く黒髪。黒縁眼鏡。鼻頭のそばかすと薄い化粧。長身を包むのは女性用スーツで、顔つきにはまだあどけなさが残る。そして、何よりその腰に携えた長剣。
なぜそんな長剣を持っているのか、という疑問よりも私の意識は彼女の顔に釘付けだ。
だって彼女は私の部下の1人。今年新卒で入社してきた女性社員と同じ顔つきなのだから。
「あ、サクラもいらっしゃい! 狩りは順調だったのかしら?」
「え? あ、ああ。うん。順調だったよ、うん」
カウンター越しに元気な声が聞こえ、長剣を携えた女性は戸惑いながらも応える。
「おぉ。いいわね、最高よ。じゃあ、支払いはいつもの口座に振り込んでおくわね」
「うん。じゃあ、私はこれでーーーー」
そそくさと私に視線を合わせずに店を出ようとする女性だが、魔女っ子少女の声に歩みを止める。
「あら? もうちょっとお茶漬けができるところよ? どうせなら食べていきなさいよ。今日は一段と力を込めたからきっと美味しいわよ」
あ。お茶漬けという言葉に反応した。
「・・・・・・うう。じゃ、じゃあ、少しだけ」
悩むように唸り声を上げ、女性は私の隣に座る。
私は失礼ながら女性の顔をもう一度盗み見た。
サクラと呼ばれた女性は私の視線に気づいているのか、視線を彷徨わせてどこか落ち着かない様子だ。
・・・・・・人違いなのだろうか? だが顔は瓜二つだし。でも私が知る木村君はもう少し、何というか大人しすぎるというか。
魔女っ子少女は調理の合間合間でサクラさんに話しかけ、徐々にだがサクラさんも硬い表情が取れていくのが分かった。
「・・・・・・ふむ」
私はサクラさんから目を離す。人違いだな、と思ったからだ。
私がいる営業部の木村芽衣子は笑わないのだ。そして、必要以上に喋らない。笑顔とトーク力は営業として必要な力だ。だからこそ木村芽衣子が私の課に配属された時は頭を悩ました。
だがそれ杞憂に終わった。なぜなら彼女は必要最低限のノルマは必ずクリアするからだ。どのような営業をしているか見たことがあるが、特別なことはしていない。
彼女は真面目に、真実しか語らない。つまるところの可能性を語らないのだ。
だからこそ彼女の顧客は彼女の人柄に惚れ、契約を結ぶ。木村芽衣子は今では立派な戦力の1人だ。
だからこそ私が知る木村芽衣子ならばこんな魔女っ子少女の店に、長剣を携えて来ないと私は結論づけたのだ。
「ええ、そうよ。今日は大物だったわ! やっぱりドラゴンは飲み込まれてなんぼなの。特に赤色種は体格が大きいから鱗も固いし、内部から攻めるのが必須なのだけどね。え? 魔法で仕留める? 邪道ね」
「相変わらずの脳筋ねぇ。今の時代は絶命魔法でイチコロでしょ」
「そもそも絶命魔法を扱える古文書みたいな魔女はそんなにいないわよ」
「古文書。古文書って、私のことかしら? えぇ、サクラさん。そのお口が言っているのかしら?」
そう。私が知る木村さんの口からドラゴンとか、魔法とか出るところは想像できない。だからあれは木村さんに瓜二つなそっくりさんなのだろう。
私は二人の会話をBGMにスマホで電子書籍を読み始める。少し状況の整理をしなければパンクしそうなことは確かで、時折腿の肉を抓るが痛いだけだ。
「ーーーーよし、これで完成よ。お待たせしました」
魔女っ子少女の声に私はスマホを閉じる。
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