第4話 魔女とお茶漬け③

 ふわりと香るのは海苔の匂いだろうか。目の前に出されたお茶碗の中にはふっくらと炊き上がった米と海苔が敷き詰められている。

「今日は元気な食材があったから自信があるわ」

「・・・・・・元気な」

 魔女っ子少女の弾んだ声が向けられる先、焼き色がついた魚の切り身が黒々とした焼き海苔の上で存在感を放っていた。

 鮭? いや、白身魚か? これでもかと千切られた焼き海苔の上に鎮座する魚の切れ身は肉厚で、肉汁溢れる身質をしていることが窺える。

 視線を感じて顔を上げるとカウンターの奥で満足げな笑みを浮かべる魔女っ子少女がいる。

「いい反応ね、貴方。大丈夫、ちゃんと人間でも食べられる食材だから。さて」

 魔女っ子少女が指を弾くと厨房の奥からヤカンが飛んでくる。ああ、文字通りヤカンが勝手に宙に浮かび、お茶碗の中に何かを注いでいく。

 突っ込んだから負け。ああ、私はもう色々と諦めることにした。分かるのは目の前の料理が私の食欲を刺激してくるということだけ。

「そうか。お茶漬け、か」

 注がれる汁が焼き色がついた魚の切れ身に当たり、海苔を硬度を失っていく。比例して増していく暴力的な美味しそうな匂いに私は喉を鳴らした。

「この匂い・・・・・・くわひゃらんの身と骨、かな。随分と豪勢な食材。私、そんなに手持ちないよ」

「ああ、大丈夫。依頼達成のお礼も入っているから。さ、温かいうちに食べてちょうだい。勿論、貴方も」

 ちらりと私は隣を見るとサクラと呼ばれた女性も両手を合わせ、「いただきます」と言うところだ。

 先ほど見た骨だけで暴れる魚らしき何か。そして、聞き慣れないくわひゃらんという魚が脳裏を過るが、私は食欲に負けて両手を合わせる。

「いただきます」

 小さく呟き、私はレンゲで海苔の海をかき分ける。レンゲに絡まる海苔と湯気立つ白米。汁を染みこませて、口に運ぶ。

 ーーーー旨い。これは、旨い。

 咀嚼して最初に感じたのは奥深い出汁の味だ。何の出汁だろう? 少なくてもいつも食べているお茶漬けとは別物だと分かる。

 次に海苔。これは炙っているせいか、香ばしくて海苔の強さが増している。

 お茶漬けという強みもあるだろう。ずるっとのど越しがよくて、そのまま胃の中に落ちていく。

「あつ」

「相変わらず猫舌ね」

 両目をぎゅっと瞑るサクラさんとケラケラと笑う魔女っ子少女。確かに熱い。少しこの出汁は熱すぎる、とは思うがこのぐらいの熱さが私は丁度いい。

 さて、次はこの物体Xか。くわひゃらん。名称からは全く想像できないが、絶対にまずくないという自信があった。

 身を解し、汁と一緒に口に含む。

 あ。旨い。もう、それだけだ。余計な言葉はいらない。

 淡泊とはかけ離れた身はホロホロと口の中で崩れ、溶けていく。

 あぁ、本当に旨い。気づけば片手に持っていた茶碗は空になっていた。

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