第2話 魔女とお茶漬け①
自炊しようにも冷蔵庫に食材がなければ始まらない。
あるのは栄養ドリンク。飲料水。ゼリー。いつ開封したか分からない味噌。
私は無言で冷蔵庫のドアを閉め、立ち尽くす。
「これは中々酷いな」
部屋は整理整頓されているものの、生活感は皆無だ。視界に入るのはベッドに、デスク。書棚にPC。あとはあんまり使用しないキッチンと浴室がある1K。
住み慣れたとはいえ、この部屋で過ごした記憶が薄いことは否めない。
「・・・・・・」
きゅう、と鳴るのは己の腹の音。
久しぶりに残業少なめで帰宅できたので自炊してみようと行動したが、これでは何も作れないし、今更ゼリーでは腹の虫は許してはくれないだろう。
時刻は19:30。明日は久しぶりの休みだ。
「何か食べに行くか」
自炊断念。いや、延期だ。そう、準備をしていから本気を出せばいい。
衣服を整え、外へ。
目的地は決めていない。行きつけの店もないからだ。
「・・・・・・いつもならここまで行動しないのだがな」
1人で言って、1人で苦笑いを浮かべてしまう。
金曜日ということもあってか、どの飲食店もそれなりに賑わっている。
だが足は不思議と何かに引き寄せられるように歩みを止めない。口の中に広がっていくのはあの、豚汁の味だ。魔女を名乗る少女が営むあのお店。
開いているかどうかは賭けだった。
足が止まり、私はほっと息を吐く。視界には優しく光を点す小さな居酒屋があった。私はそっと引き戸に手を掛ける。
「すみません。開いていますか?」
温かい店内の空気が冷えた体を包み込む。
店内はこじんまりした作りだが、柔らかい光に照らされていた。カウンターの向かいでは店主らしき人影が背を向け、木の棒を振っていた。
「ん? 今、立て込んでいてーーーーあれ? この前の」
「あ、まだ準備中でしたか?」
漫画や映画で見かけるザ・魔女みたいな黒色のローブ。ショートボブの黒髪。紫色の瞳。まさしく魔女、な少女が振り返り、驚いたように口を開く。
だが私の視線は少女の反応ではなく、少女が何かをしていた調理台に釘付けになっていた。
まな板の上には皮を剥ぎ、肉を取られた骨がいた。形状的には魚、の骨のようだが問題はそこじゃない。骨が動いているのだ。窪んだ眼は怪しく光、牙をガチガチと鳴らし続けている。
まな板の上で骨が動いている。それはもう、元気いっぱいに動いている。
私は踵を返そうとし、店を出ようとした。いや、最初の時も何か違和感はあったが、あの豚汁の美味しさに忘れていた。
そう。あのときも不思議な現象は起きていたじゃないか。
「待ちなさい」
パチン、と音が鳴った。するとどうだ。私の体はふわりと浮き上がり、そのまま回れ右をしてカウンター前の席に着席する。
「おかしいわね? 普通の人間は1度元気を補給したら暫く来なくなるのに」
「私は夢を見ているのか?」
「夢は見るものじゃなくて、見させるものよ」
少女はキメ顔でそう言った。
私は現在の状況を確認して、尋ねる。魔法とかはもう無邪気に信じられる年齢はとうに過ぎた。だがこれは尋ねるしかない。
「貴方は本当に魔女なのか?」
「ぶっぶー。不正解」
「良かった。ならこれは私の夢ーーーー」
「大! 魔女! そう、私は大魔女よっ!」
再び少女はキメ顔でそう言った。気のせいか少女の背後で「どーん!」という効果音が可視化して見える。疲れているのだろうな、本当に。
「まぁ、ただ新しい常連様ができるのは私としても、非常に嬉しい事実よね、うん」
少女は腕を組み、うんうんと頷く。
そして、不覚にも私の腹の虫がまたなり始めた。
「あら。私としたことが喋りすぎたわね」
杖を振り上げ、まな板の上で動いていた骨を砕く。それはもう、豪快に砕く。
「丁度下ごしらえが済んだところなの。待ってなさい、そのお腹の虫を諫めてあげるわ!」
言葉を失う私。びくんびくんと痙攣する骨。キメ顔の魔女っ子少女が杖を振い続ける。
混沌とする中、ガラガラと出入り口の引き戸が開けられる音が聞こえ、私は振り返る。
「いやぁ、今日は一段と冷えるわね。新鮮な・・・・・・あら?」
そこにはいたのは腰に長剣を携えたスーツ姿の女性だった。
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