危険な依頼3

「レティシア」


「すぴー」


 次の日。ルイスは再び冒険者ギルドに訪れていた。カウンターに立つルイスの目の前で気持ちよさそうに眠るレティシアは、今日は枕まで持ち込んでいる。昨日命を救われた手前、彼女の眠りを妨げて良いものかとルイスが悩んでいると、銀の髪がむくりと動く。


「んー…………何だ、君か」


「すまない、起こしたな。今日は昨日の礼を言いに来たんだ。ありがとうレティシア。君がいなければ俺は今ごろ森の養分になっていただろう」


「くぁ……ぁふ……まったくだ、感謝してくれたまえ」


 半目をごしごしと擦りながらそんなことを言うレティシアに、顔を綻ばせるルイス。


「しかし、よく雨が降るなんてわかったな」


 レティシアはだぼだぼの裾から覗く指先で窓の外を指さす。青空のスクリーンに煙突の煙が伸びる穏やかな午後。


「昨日はアルフマ山の方角へ煙がたなびいていた、つまり、風が吹いていた。そして────」


 レティシアは、その銀のくせ毛を少し持ち上げる。


「昨日は空気が湿っていた。……私の髪はだね、空気が湿気ていると、こう、ぽよんと跳ねるのさ。昨日は特にひどかった」


 空気が湿っていると髪の毛がうねる者が居るが、くせっ毛のレティシアも例外ではない。


「つまり、湿った空気が風に乗ってアルフマ山に吹き付けられていたと」


 レティシアは頷く。


「湿った空気は山肌を駆け上がり、冷やされ、雲になる。昨日は教科書通りの雨が降ったというわけだ」


 なるほどとルイスは唸る。


「なぁレティシア、もう一ついいか? どうやってあの濃霧の中で俺を見つけたんだ?」


「説明が面倒だ」


 まぁまぁそう言わずにと頼み込むルイス。根負けしたレティシアがやれやれと気だるげに口を開く。


「あの依頼書に書かれていた薬草は三種類。クモマリンドウ、ユキヨモギ、アオサワゴケ。このうちユキヨモギは比較的日当たりの良い南側の斜面に。アオサワゴケはジメジメした北側の斜面に。クモマリンドウはその間の高地に多く生息している。金級冒険者の君ならそのくらいは知っていて不思議はない」


 ルイスは金級のベテラン冒険者だ。そのくらいは当然知っている。


「君はまず、北側の斜面の沢に沿ってアオサワゴケを集めながら山を登った……北側の斜面は夕方になるとすぐに暗くなる、そうなってはアオサワゴケを探すのは一苦労だから、日が高い時間に集めてしまった方がいい。その後、頂上付近でクモマリンドウを集めて、夕方には南側の斜面を下りながらユキヨモギを集めるはずだった。ユキヨモギはその名の通り雪のように白いヨモギだ、多少暗くても問題なく見つけられる」


「まったくその通り。ユキヨモギは夜の方が探しやすいくらいだからな」


「ところで、昨日も言ったように薬草は供給不足だ。つまり、山にはまだ沢山薬草が生えていた。加えて君は金級、難なくコケとリンドウを集められただろう。だが、山を下り始めた君を不幸が襲う」


 見透かされているようだ……とルイスは冷や汗を流す。まさにレティシアの言う通り、山を下ろうとした所でルイスは雨に降られたのだ。


「もっとも、あそこまでの濃霧になるとは私も予想していなかった。だが、アルフマ山には正気の人間ならまず通らない急勾配や崖、鬱蒼とした茂みがある。しかもヨモギは多年草だから、どこに生えているのかある程度予測がつく。そうした要素から君の通りそうなルートを導きだすのは、別に無理難題という訳ではない。ルートさえ絞ってしまえば後は────」


 レティシアは制服の上着を探り、奇妙なストラップを取り出す。沢山の鋼の板がぶら下げられた紐。レティシアがそれを振ると、ちゃりん、ちゃりんと音がする。


「鎧の音!」


「君の方から私を見つけてくれるというわけだ。ちなみにこれには魔物除けの効果もある」


「魔物除け? 付与魔法エンチャントが掛かっているようには見えないが」


 ルイスはそのストラップを凝視する。ルイスも魔物除けのお守りを持っているが、そういうものには大抵 魔物除けの付与魔法エンチャントが掛けられているものだ。レティシアのこれはただの金属板である。


「君、山の中で鎧を付けて歩く者とはどんな者だ?」


「そうだな……騎士や冒険者だろうが……この辺りだとほとんど冒険者だろうな」


「ただの冒険者ではない。鎧を買う金と、重い鎧を着ても山を登れる程の筋力を持ったベテラン冒険者だ」


「なるほど、魔物だって馬鹿じゃないからな。ベテラン冒険者の音がすれば慌てて逃げていくというわけだ」


 レティシアは大きくあくびをして、またごしごしと目をこする。


「……これで満足したかね?」


「いやまだだ。レティシアが濃霧の中で迷わず歩けた理由がわからない」


「あぁそれか……いや、あれはだ。言っただろう? 前に通ったことがある……と」


「ち、ちょっと待ってくれ、覚えていたも何もあの時は濃霧のせいで景色なんて何も────まさかお前、なんて言うつもりはないだろうな」


「つもりも何もそう言っているのだ。。ただ……それだけのことだ……ぬぁ……」


 限界が来たのか枕に埋もれ、再びぐうぐうと眠り始めるレティシア。ルイスは呆気に取られたまま、ただ頭を抱えるしかなかった。


 あまりに穏やかなレティシアの寝顔。


 ルイスは最後にもう1つ聞きたかったことがあったのだが、これ以上の無粋ははばかられた。


「この恩は必ず返すぞ、レティシア」


 ルイスはそういって冒険者ギルドを後にした。寝たふりの小悪魔はそれを聞いて口元を緩めた。

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