同じ屋根の下

「だ、だって、それは……、言ったでしょう?あの家に居ると良くない事が起きますの。それにあんなに使用人が居て、もしあなたとの恋人関係が偽装だってバレたら厄介ですわ」


「はいはい、そういう事にしときますか」


トリスタンはニヤニヤしている。


「んもう、本当のことですのにぃ…」


元の大人向け乙女ゲーの中のルートの一つでは最終的に反旗した民衆によってエルフリーデ侯爵の屋敷は取り囲まれて火を放たれ、父であるエルフリーデ侯爵はその場で惨殺、アスタロテは処刑場に引き立てられてギロチンで首を落とされた。


(あ、あんな目に合うくらいなら、それこそトリスタンの家に居たほうが安全だわ)


今回ストーリーを大幅に変えたとしても、この先何が起こるかわからない。アスタロテは恐怖に震る体を抑えてスカートを握りしめた。


(たとえその…、エッチな展開になったとしても死ぬよりはマシよ……。べ、別に期待してるんじゃないんだからっ……)


トリスタンの家に行く、その事を意識するとまた顔が赤くなってくるのが分かる。


「…まあ冗談は置いといて、本当に家は狭くてボロいぞ。なにせ貧乏貴族の家だからな。お姫様が暮らすにはちょーっと厳しいと思うんだけどなぁ」


「あら、私平気ですわ。むしろ狭い所の方が落ち着きますの」


そもそも転生する前は節約のために古いワンルームのアパートに住んでいたのだ。そんな庶民の生活をしていたのに、侯爵家令嬢の生活に馴染めるはずもない。

転生して一週間しか立っていないのに、気疲れしてしまってヘトヘトだった。それに、


「…私が意地悪なせいでメイド達に嫌われてますの、少しお屋敷から離れたいですわ」


これまでの悪役令嬢としてのふるまいから、使用人達の評判は最悪だ。さすがにそれを表立って態度に出すものはいないが、ゲームの話ではそのことがアスタロテの悲劇に加担することになるので気は抜けない。


「その点、家は爺やが一人いるだけだからだな。こいつは俺の親父の頃から使えてる爺で、口は悪いが信用していい」


「一人しか居ないのでしたら安心かしら……」


「まあそうなんだが、爺やが一人しかいないからサービスは期待しないで欲しいってこともあるぞ」


「んまあ!失礼な!私、自分の面倒くらい一人でみれますことよっ」


二人が言いあっている間に、馬車は寂れた通りの一角に停まった。


「ここがそうなんですの?」


「ま、見た通りのボロ屋敷さ」


四階建てのその屋敷は元はそこそこ立派だったのだろうが、時間が立ち、あちこち傷んでいるのが分かる。


「さあ、ランベルグ家へようこそお姫様」


トリスタンが屋敷のドアを開けると、例の爺やが飛んできた。


「これはこれは、アスタロテ様よくぞいらっしゃいました。まさかこのお屋敷にエルフリーデ侯爵令嬢をお迎えする日がこようとは、この爺、感無量です」


トリスタンの言葉からもっと高齢の予想をしていたが、ランベルグ家の爺やは頭髪は白髪はあるものの、若々しい印象だ。


「坊ちゃま、私がお持ちします」


「いや、俺が客間まで運ぶよ。何詰め込んできたんだか、バカに重いんだ、この荷物」


「ではアスタロテ様、お部屋へご案内いたします。床や階段が傷んでおりますので、お気をつけてお進みください」


言われたとおり、進むと足元からギシギシ言う音が響いて、床を踏み抜かないかヒヤヒヤした。

通された客間は家具が古びているが、清掃され、ベッドには真新しいシーツがかけられている。


「さて、ボロすぎてそろそろ逃げ出したくなったかな」


部屋に荷物を置いたトリスタンが言った。


「バカにしないでくださる?確かに古びてますけど…、暖かくていいお屋敷ですわ」


壁紙はボロボロでどこもかしこも色あせているが、アスタロテはこの屋敷に入った途端、ホッとするのを感じた。

豪華できらびやかに飾られて完璧な状態を保っている侯爵家の屋敷に比べて、何というか生きている感じがする。

古くとも大事に手入れがされているからかもしれない。


「このベッドも座り心地がいいですし、私、気に入りましてよ」


アスタロテはベッドに座ってシーツをなでた。


「そのシーツは紛れもない新品だからな、この屋敷にある唯一の新品と言っていい。侯爵令嬢にお古のシーツで寝かせられないって爺やがどこからか調達してきたらしいからな」


「別に気にしませんのに。でも嬉しいですわ、お礼を言いませんと」


すでに辞した白髪の家令を思い出す。すでにアスタロテは侯爵家の使用人の誰よりも彼を気に入り始めていた。


「いやいや、侯爵令嬢に礼を言われたら、爺やのやつ腰を抜かしちまうよ」


「ふふふ」


「そんなに可笑しいか?」


「いえ、彼があなたを坊ちゃまって呼んでいたのが可笑しくて」


「仕方ないだろう、子供の頃から知ってるんだから」


「あなたにも可愛い子供時代があったなんて信じられないわ」


「おいおい、これでも昔は美少年で通ってたんだぜ」


クスクス笑いの止まらないアスタロテの顔をトリスタンがじっと見ている。


「なんですの?」


「…うーん、なんというか……、まあいいんだけど

トリスタンは頭掻いてため息をついた。


「さて、他になにか手伝う事は?」


「ありがたいですけど、充分ですわ。これから荷ほどきいたしますし」


「それを是非お手伝いしたいんですがね」


「もう!女性には殿方に見られたくないものがいっぱいあるんですのよ!」


アスタロテはそう言うとトリスタンを部屋から追いやった。


「寂しくなったらすぐ呼んでいいんだぜ、なんせ一つ屋根の下に居るんだから」


「〜〜っっ!!呼びません!!」


ウインクしてくるトリスタンの鼻先でドアをバタンと閉めた。


「もう、トリスタンったら、からかってばっかり…」


アスタロテは気を取り直して、運ばれた自分の荷物をほどきにかかった。

持ってきた洋服など、テキパキと所定の位置に置いていく。


「…こんなもの、恥ずかしくて見せられませんわ」

鞄から取り出したのはアスタロテの下着だ。


「どうしてこの世界には過激な下着しかないのかしら。まあ大人向け乙女ゲーの世界なんだからなんでしょうけど、それにしてもこれは…」


パンツを広げてみるが、申し訳程度の布しかついていない。


「どれもこれもパンツと言うより紐だわ。こっちはスケスケだし、これでもマシなやつを選んできたんだけど」


はぁ、とアスタロテはため息をついた。


「うう、この世界で生きるのは前途多難ですわ」


アスタロテは天を仰いだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る