波乱の婚約破棄

 王太子デミトリの発言に広間に集まった人々からざわめきが走った。皆が一斉に隣りにいるレミリアと呼ばれた少女を見る。

デミトリの側でひっそりと立つレミリアは明かりを浴びてキラキラと輝く美しい金糸の髪と垂れ目がちで大きなアメジストを思わせる紫の瞳の美少女だ。華奢な体を柔らかな素材の純白のミニドレスで包んでいる。

その神秘的な容姿に思わずため息をついたり、見惚れる者もいるようだ。

その雰囲気を壊すように声を上げたのはアスタロテの父であるエルフリーデ侯爵だ。


「お待ち下さい、王太子殿下!いきなりの婚約発表とは、我が娘アスタロテとの婚約はどうなさるおつもりです!」


「残念だが…アスタロテとの婚約は破棄させてもらう。私は真実の愛を知ったのだ…」


デミトリは隣にいるレミリアに微笑みかける。今までの尊大な王太子からは想像もできない優しい笑みに皆が目を疑った。 


「しかし、王太子殿下、隣にいらっしゃるレミリア嬢とはいつそのようなご関係に?なにぶん私共も初めてお見かけする方で少々驚いているのですが…」


次に王太子に話しかけた若い伯爵はエルフリーデ侯爵家に連なる男だ。突然現れたレミリアに対し、彼女は何者で、名門の侯爵家令嬢のアスタロテに匹敵できるような家柄なのかを王太子に問い正しているようだ。


「ふむ、いきなりで皆を驚かせたのは悪かった。が、私とレミリアは離れられない関係なのだ。それに…」 


デミトリはもう一度傍らのレミリアを見た。


「レミリアは…、私は、彼女が誰よりも王妃にふさわしい人格を持っていると確信している」


きっぱりと言い切った王太子デミトリの言葉に、さらに驚きが広がった。


(王太子妃を通り越して王妃なんて?!……)


(王太子にここまで言わせるとは……)


(彼女は一体どこの家柄の娘なの?!)


(確かに美人だが……)


(もしかしたら彼女、すごい家の出なのか…?…)


集まった人々の間からどよめきが走る。


「オーーッホッホッホ!!」 


そんなざわめきの中、高笑いが響いた。


「王太子ったらとんだお笑いですわ!そんなしょぼくれた娘など連れて!」


デミトリとレミリアの前に現れたのは婚約破棄されたばかりのアスタロテだった。


「アスタロテ!……すまない、さっきも言ったが君とはもう…」


さすがの王太子も突然目の前に現れた元婚約者に驚くと共に申し訳無さそうにするが、


「王太子殿下、その前に私からも言いたいことがありますの」


アスタロテは手に持った扇子をビシッと皇太子に突きつけた。


「私、アスタロテ・デネブライネ・エルフリーデは王太子殿下との婚約を破談いたしますわ!!」


アスタロテの言葉に何より一番驚いたのは王太子だ。


「ア、アスタロテ?!一体何を……?」


「聞こえませんでしたの?もう王太子殿下とは結婚する意志はないのですの。だって私にはもっと素敵な彼氏が出来たんですもの」


そう言っていアスタロテはトリスタンを引き寄せた。


「こちらがトリスタン、私の新しい恋人ですわ」


「どうも、王太子殿下。お初にお目にかかります。トリスタン・ランベルグと申します」


王太子の前なので、トリスタンは普段の軽薄な態度とは違い、重々しく礼をする。


「ふむ、ランベルグ?聞いたことはないが…」


「しがない準男爵の家系ですので」


顎に手を当てて思案する王太子にトリスタンは苦笑する。さすがの王太子も末端の貴族までは把握してはいないようだ。


「あーら、真実の愛に目覚められたという王太子殿下が、そんなに爵位にこだわるとは思いませんでしたわ」


「むっ……」


王太子は黙りこんで隣りのレミリアをチラリと見た。確かに元婚約者の恋人とはいえ、レミリアの立場を考えると身分が低いなどと、とても言える立場にない。


「それに!恋人にふさわしいのは爵位や地位ではありませんわ!体の相性が一番ですもの」


アスタロテがトリスタンにしなだれかかる。

「私、王太子殿下のお粗末な物には飽き飽きしましたの!行為もマンネリですし」


アスタロテのこの発言に王太子はあんぐりと口を開けた。


「お、お粗末な物だって?!」


「ええ、毎回行為もワンパターンで全く楽しめませんし…。これではいくら王太子でも結婚なんて無理ですわ」 


「ほ、本気で言っているのか…」


「それに比べてトリスタンときたら素晴らしいんですのよ、殿下と比べて…、これ以上は可哀想ですわね」


オホホホホとアスタロテは高笑いをした。


「まあ、殿下はその貧相な娘とでも乳繰り合っていればいいんですわ、私達はこれから熱ーい時間を過ごしますので、では皆様ご機嫌よう」


オーッホッホッホ!と高笑いしながらアスタロテとトリスタンは広間を後にした。


「わ、私は粗末じゃなひぃ!」


皆がポカーンとした中、王太子が必死で否定したのだが、肝心なところで噛んで情けない姿を見せてだけだった。


◇◇◇


「ハッハッハ!いや傑作だ!あの王太子の顔を見たか?」


馬車の中にトリスタンの笑い声が響いた。


「ええ、上手くいきましたわ…」


アスタロテは、ようやく重い肩の荷が下りてホッとして座席にもたれた。


(な、なんとか悪役令嬢らしく振る舞えたかしら…、高笑いしすぎ?ああ、もう思い出しただけでも恥ずかしい……!あんな、粗末だとかマンネリだとか過激な言葉を言ってしまったなんて……、でもゲームの中のアスタロテってああいう感じだったし……)


先ほどの王宮でのことを思い出すと、火を吹くような恥ずかしさを覚える。多分今顔は真っ赤になっているだろう。


「いや、アスタロテ様には感謝しなきゃな。なんせこれで俺は王太子から婚約者を寝取った男、だもんな。一気に名を上げたぜ」


「はあぁ、寝取った事がそんなに名誉なことなのかしら」


誇らしげにしているトリスタンをアスタロテはため息をついて半目で睨んだ。


「分かってないな、お姫様。寝取ったってことは、俺は王太子よりアレもテクニックも優れている、つまり男として上だってことだ。お姫様だってそう言いたかったんだろう?」


「あ、あそこではああ言うしかありませんものー!」


かなり恥ずかしい単語を並べたが、なにせここは大人向け乙女ゲーなのだ。婚約者だったデミトリ王太子とアスタロテはすでにそういう関係があったと際どく描かれている。悪役令嬢のアスタロテがこっぴどく王太子を振るには、と考えた結果ああいった物言いになってしまった。


(うう、本当は恥ずかしいのに!あんなことをベラベラ言う恥ずかしい女だと思われたかしら?でもゲーム中のアスタロテってもっと凄いことバンバン言っていたし…)

 

「なんなら、本当に優れているか試してみてもいいんだぜ」


トリスタンがニヤっとした。


「もう!なんて事言うの!!破廉恥!!破廉恥ですわー!」


アスタロテがさらに真っ赤になってトリスタンをポカポカ叩く。


「痛て、痛てて…。冗談だろ、まったくこんな事くらいで大騒ぎして、本当にこのまま家に来るつもりかよ」


「ううう……」


その通り、この馬車の行先はトリスタンの屋敷だった。

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