衝撃の婚約発表

「オホホホホ!……はぁ…」


ひとしきり高笑いをしたアスタロテだったが、やがて疲れてやめてしまった。


(今まで小市民だった私が悪役令嬢らしく振る舞えるのかしら?でもやってみないことには駄目ね)


周りの景色からもうすぐ王宮が近いことが分かる。

私はぐっと腹に力を込めた。


(きっと上手くいく、いくはずよ!ちょっと恥ずかしいのを我慢すれば終わるんだから…!)


脳内には元の乙女ゲーでの無惨なアスタロテの最期のシーンが流れる。

ハードさが売りの今作は、大人なシーンはもちろんバイオレンス部分も容赦がなく、主人公であるヒロインを虐めまくった悪役令嬢のアスタロテはどのルートでも悲惨な死に様をとげてしまうのだ。

転落死、惨殺、絞首刑……などなど、すべてのエンディングをコンプリートした私はアスタロテの色んな最期を知っている。この世界で目が覚めて鏡を見て、転生したのがその悪役令嬢のアスタロテだと知った時は絶望するしかなかった。

なんとか生き残る術はないかと必死で考えたのが、この稚拙ともいえるプランだった。


(どのルートでもだめなら、いっそ王子にも主人公にも他の攻略キャラにも近寄らなきゃいいんだわ)


悩みに悩んでひらめいたのが、ゲームのストーリーとはまったく違う展開にしよう、というアイデアだった。


そもそも発端は主人公が王太子に見初められて、王太子がアスタロテとの婚約を大々的に破棄した所々から始まる。

それに怒り狂った王太子の元婚約者、アスタロテは主人公に陰湿で凄惨な虐めを始めるのだが、


(虐めない、だけだと弱いわね…。悪役令嬢のアスタロテの側には他にも性格の悪そうな取り巻き達が居たし、なんとかヒロインがハッピーエンドを迎える三ヶ月さえ何も起こさないようにしなきゃ……)


さらにヒロインの攻略対象の王太子の側にいる他の四人にも近寄ったら危険だ。

彼らはどのルートでも互いにヒロインを全面的に守護してアスタロテの敵となる。なんなら率先して殺しにくると言ってもいい。


(王太子にも他の四人、漆黒の騎士ディラン、幼馴染のユーリス、親衛隊隊長のライド、それとエミリオ、彼らには会わないようにしないと何が起こるかわからないわ。だから社交会や王宮には絶対近寄らないようにして……)


うっかり出会ってヒロインについて難癖でもつけられるかもしれない。なにせ悪役令嬢のアスタロテは前科がいっぱいあるのだ。


(いっそ婚約破棄されてショックで家にずっと引きこもってたら……、あーダメダメ、確かアスタロテの取り巻き達が代りにヒロインを虐めぬくんだもの、可哀想なアスタロテ様の代りにー、とか。勝手に黒幕にされちゃうわ……)


なんとか王太子と他の四人に会わず、かつ自然に離れていられるには……、と思ったところで天啓のようにひらめいた。


「そうだわ、他に恋人を作ってしまえばいいのよ」


名付けて「婚約者破棄返し作戦」だ。

ゲームの中のアスタロテは悪役令嬢とはいえ婚約者の王太子を愛していて、それがヒロインに憎悪を向ける主な原因だ。

その憎悪の原因を消してしまえばいいのだ。

だけれど、私、転生してきた私はそんなに王太子推しではないのでヒロインとくっついても何も問題はない。むしろ過酷な人生を送っていたヒロインには是非幸せになってもらいたいところだ。


(ゲームでは幼馴染のユーリス推しだったんだけど、そもそもユーリスも他の三人もヒロインべた惚れのアスタロテ憎しだし……。王太子と四人以外に誰か目ぼしい男のキャラって居たかしら?)


と禿げそうなくらい悩んでいたところにふと思い出したのが、アスタロテの側にいたこのトリスタンの存在だ。

このトリスタンと言う男、金のために悪役令嬢のアスタロテのためになんでも働く男で、命令されてレティシア相手に色々汚い仕事をこなしていた。

とは言っても芯からの悪人ではないらしく、あまりに酷い命令の時は、アスタロテに内緒でヒロインのレティシアをかばったり逃してくれたりしていた。

このトリスタンなら爵位も低く、さらに貧乏貴族なのも相まって社交会とは無縁のキャラだ。彼と居ても他の貴族と会うこともなく、そもそも王宮に呼ばれる事もないだろう。


(トリスタンと恋人に?アスタロテのキャラだったら絶対ありえないけど……、そこにチャンスがあるかも)


そこまでたどりついたのが王太子がアスタロテとの婚約破棄を発表する日の三日前だ。

うまくいくかどうか分からないが、私としてはそのアイデアにかけるしかなかった。


(ともかくゲーム内のエンディングを向かえる三ヶ月、それさえ無事に終われば…!)


ゲーム内のヒロインがハッピーエンドを迎えるまでなんたか何事も起こらないように。そして無事生き残れますように。

私はは祈るように両手を握りしめた。


「…ま、心配すんなって、賃金分の仕事はするからさ…」


トリスタンがそっと震えるアスタロテに手をかけようとして、頭をかいた。


「……そうね、いざとなったら王太子に殴られていただくわ、勿論その分の料金は払いましてよ」


「それは、お手やわらかに頼むよ、お姫様」


馬車がゆっくりと止まるとトリスタンが降りるアスタロテの手を取る。


「さて準備はいいかいお姫様」


「んもう、アスタロテと言ってと言ったでしょうに」 


軽口を叩くトリスタンにブツブツ文句を言っていたアスタロテは馬車から降りるなり急に腰を抱かれて驚いた。


「きゃっ!な、何をす、……なさるの…?」


「何って、ここからは俺がアスタロテの恋人だろう。恋人ならエスコートしなきゃ」


「そ、そうですわよね…」


トリスタンに腰をがっしり抱かれながら私は震える足取りでヨロヨロ歩いた。


「…お姫様大丈夫か?足が震えてるぞ」


「む、武者震いですわ…」


そう答えながらも私の心の中は軽くパニック状態だった。


(こ、こ、これは映画とかドラマでよく見るヤツだわ!エスコートってこんなっ!こんなに異性と密着するものなの?こ、腰に手を回されるなんて生まれて初めてなんでですけどっ、こんなに近くに体温が感じられて……。ダメ!心臓がバクバク言って、は、恥ずかしいっっ)


私の胸は早鐘の如く鳴っていて、それでも必死に令嬢らしくしようと足を踏ん張る。


なのにさらにトリスタンに体を引き寄せられて思わず声を上げそうになる。


「見ろよお姫様、ギャラリーが増えてきたぜ」


トリスタンの言葉にアスタロテは周りを見た。

この日王宮には着飾った人々が大勢集まっていた。それは王太子から重大発表があるというので集まった人々だったが、大方の予想は、とうとう王太子と婚約者であるアスタロテの結婚の発表だろうと思われたのに、とうのアスタロテが見知らぬ男連れで姿を見せたので、にわかに騒々ザワザワしだした。


(あれはアスタロテ嬢?)


(一緒にいる殿方はどなたなのかしら?)


(まさか婚約者の王太子以外に愛人が居たとか…)


(今日はアスタロテ様と王太子との結婚の発表なのでは…?)


(なんて無謀な…)


人々の好奇な視線がアスタロテに突き刺さる、が、アスタロテ自身はそれどころではなかった。


(うう、男の人ってこんなに骨太な感じなのね…、す思ったよりも筋肉がついているし…。それにトリスタンの香水の香り、なのかしら、なんだかいい匂いがして…)


さらに密着した所でアスタロテの許容値は限界に近かった。が、


「ちょ、ちょっと、トリスタン、さっきからあなた女性にばかり色目送ってません?!」


「いやあ貧乏貴族の俺が、これから王宮でこんなに注目を集める事はないだろうから顔を売っとこうと思ってさ、はは」


「嘘ですわ!もう可愛い女性にばっかり!あなたは私の恋人なんですからね!」


貴族の令嬢に前を通りすがるたびにウインクするトリスタンの隣でアスタロテは膨れっ面になった。


「ふーん?可愛い恋人は妬いてくれてるのかな?」


「知りません!」


ニヤニヤしているトリスタンに呆れてプイッと横を向いたところに、


「大丈夫、もう君しか見ないよ、アスタロテ」


急に耳元で囁かれて、アスタロテの肌は耳まで一気に真っ赤に染まった。


「あ、あな、あなた…」


あまりの刺激にアスタロテは言葉にならない。


「…もしかして、お姫様は耳が弱点なのかな」


追い打ちをかけるようにさらに囁かれてアスタロテは大きく体を震わせた。


「~~~!!…やめてください!耳が妊娠してしまいますっ!」


アスタロテに涙目で真っ赤になった耳をおさえた。


(イケボ!イケボだわっ!そんな声で耳元で囁かれたら腰がグニャグニャに、なっちゃうぅ!トリスタンがこんなにイケボだったなんて、ふ、不覚、不覚だわー)


耳だけじゃなく全身を真っ赤に染めて、もはやアスタロテは足がガクガクだった。

そんな抗議されてさすがのトリスタンも焦ったのか、


「悪かったって…、もうしないって」


謝ってきた。


「あ、当たり前です~~っっ!こ、こんなに公衆も面前でっ」


危うい足取りながらも、なんとかアスタロテとトリスタンが皆が待つ大広間に着くと、ちょうど楽士達が演奏を始める所だった。もうすぐ王太子があらわれるらしい。

広間の反対側でこちらを射殺しそうな目で見ているアスタロテの父親である侯爵と目が合って、トリスタンは肩をすくめるしかなかった。

暗くなった広間にパッと眩しい光が差すと、そこには王太子と、もう一人が居た。


「お集まりの皆さん、本日は私の婚約発表の場にお集まりいただきありがとうございます。私デミトリ・・ディアノスはここに居るレミリア嬢と婚約をすることを誓いました事を皆様にご報告します」















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