第3話

 次の日の朝、かわせみはやまねこにお辞儀をして出発しました。川に戻ると、きらりと光る水面めがけて、一直線に飛び込みました。川から上がったかわせみのくちばしには一匹の魚が挟まっております。かわせみはそれを一息に呑み込んでしまうと、また二、三遍、同じように狩りを行いました。それはまるで、非常に精密な射撃のようです。かわせみは、狩りに関してはたいそう上手でした。とはいってもやはりおっちょこちょいですから、あんまり多く食べ過ぎて、飛ぶには身体が重くなってしまいましたが。

 いっぱい食べたおかげで、その日は前日よりもさらにぐんぐん進みました。期待よりも早く着くかもしれないと心躍らせつつ、かわせみはまた寝床を探し始めます。その日は割合に暖かかったので、梅の木の枝で夜を明かすことに決めました。花はまさに満開といった体で、色の少ない冬の景色にその紅色がよく映えております。かわせみはその花々を傷つけないように、ゆっくりと枝に止まりました。すると、

「鳥だ」「なんの鳥だ」「すずめか」「すずめだと」「ひいい」「いや、でもやけに翼が鮮やかだぞ」「おまけにつやつやとしているぞ」

 と、にわかにあたりが騒がしくなりました。それは、梅の花たちの話し声でした。一輪一輪がめいめいに何か話しております。もっとも、花の言葉が分からない私たち人間にとっては、風で花たちがざわざわ音を立てているようにしか聞こえませんが。その話し声はしばらく続いておりましたが、枝に止まったのがかわせみだと気がつくと、皆安心したように声色を落ち着かせました。波のように声がやんでいきます。

「えっと、驚かせてすみませんでした。梅さん」

 かわせみはそれを見計らって、ぺこりと頭を下げました。すると一番近くに咲いていた梅の花が答えました。

「いいや、こちらこそすまないね。すずめだと思って慌ててしまったんだ」

 かわせみは少し不思議に思いました。すずめは野原にもよくおりましたが、皆小さくて力もなく、取るに足らないような存在でしたから。

「すずめが怖いんですか」

「ああ、怖いさ。というより憎たらしいね。奴らは雑食だから、おれたちの蜜も吸っちまうんだ。しかもいやに不器用だから、蜜だけ吸うってことができない。あのとんがったくちばしでおれたちを根元からぶちっとやっちゃって、そこから蜜を頂くんだ。すると花びらもしべもばらばらになっちまって、汚らしく地面に散らばるのさ。まったく、酷い死に方だよ」

 梅の花はそういいました。すると他の花たちも一斉に、そうだそうだと声を張り上げました。冬の冷たい風が吹き付けます。かわせみは恐ろしいような、あるいは悲しいような、そんな気持ちがして、ぶるっと身体を震わせました。梅の花はそんなかわせみの様子を見て、ふっと声音を柔らかくします。

「でもね、おれたち皆が皆、そんなむごい死に方をするって訳じゃあない。もちろん天寿を全うして散っていく奴もいるし、蜜を吸われるってったって、めじろなんかは随分ましさ。あいつらはお上品に蜜だけちょちょいっと頂くから、まるで眠るように、気持ちよく死ねるんだ」

 めじろ、その言葉にかわせみはつい反応してしまいました。そうでした、めじろも花の蜜を主食としているのです。かわせみも何度も、めじろが蜜を吸っているのをみたことがあります。でも、あの大好きなめじろが、この目の前の梅たちの命を奪っていると考えると、かわせみはなんともいえないような気持ちになりました。胸のなかにどろどろしたものがわだかまっているような、そんな気持ちです。

「めじろも、あなたたちを殺すんですか」

 かわせみの声は震えていました。

「ああ、そうだよ。でも、君だってそうだろ? 君たちだって、あのきらきらしたお魚たちをとっているじゃないか」

 かわせみの心臓が跳ねました。昨晩やまねこに渡そうとした、あの魚の目が頭に浮かびました。

「死ぬのは、嫌じゃないんですか」

 かわせみは続けて訊ねました。かわせみの頭の中で、あの魚はもう動かなくなっています。

「怖い。だけど、怖くはない。どっちもあるんだ。当たり前さ。当たり前に死ぬのは怖い。でも死ぬのは仕方がない。神さまが作られたこの世界は、そういう風にできてるんだからさ。でも、だから、せめて死に方は選びたいってもんだよ」

 それぎり梅の花は黙ってしまいました。かわせみの頭の中に、もうあの魚はおりませんでした。その代わり、兄さんのよだかの、優しい瞳がありました。「どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにお魚を取ったりしないようにしてくれ」去年の冬、さいごに会ったときの、よだかの言葉を思い出しました。

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