第2話

 かわせみは早速、そのさざんかの群生地に向かって出発しました。川に沿って進み、道中で魚を捕って食べました。随分長い旅路になりそうでしたが、魚は大量に捕れるので、大きな心配はありませんでした。休憩を挟みながらぐんぐん進んで、西の山の端に夕陽がさしかかったころ、かわせみはその日の宿を探しはじめました。普段は温かい巣の中で眠っていますが、その日はそうもいきません。どこか温かい寝床を見つけなければ、冬の夜の寒さに凍え死んでしまいそうです。かわせみは川からあまり離れすぎないように、その周りを飛んで寝床を探しました。すると、周囲よりも一段と大きな木の根っこが、まるで小さな洞窟のようになっているのを見つけました。そこにならかわせみはすっぽりと収まりますし、風もしのげそうです。つうっと緩い曲線を描いてその根っこの元まで降りると、かわせみはそこに先客がいることに気がつきました。それはほとんど球体のように身体を丸め、耳だけがぴょこんと上を向いています。静かに大きく呼吸をするたび、体中のやわらかそうな毛がゆっくりと持ち上がり、そしてまた倒れます。頬のひげはもうしなっておりましたが、目つきは鋭く、細い夜目でじっとかわせみを見つめておりました。それは、年老いたやまねこでした。

「こんばんは、やまねこのおばあさん。僕も今晩ここに泊まっていいですか」

 かわせみは少し緊張しながら、訊ねました。やまねこは目を閉じると、やわらかく表情を崩しました。

「ああ。構わないよ」

 やまねこは少し身体をずらして、かわせみの場所を作ってやりました。かわせみは大きくお辞儀をすると、そこに入り込みました。触れたやまねこの身体は、安心するほど温かです。かわせみは、この優しいやまねこに何かしてやりたくなりました。

「僕、さっき魚を捕ってきたんです。おばあさんにもあげましょう」

 そう言ってかわせみは、くちばしの中にたくわえておいた魚を吐き出しました。魚はぴちぴちと音を立てながら数回地面を跳ねて、そして動かなくなりました。

「ありがとう。でも私はいいよ。あまり食欲がないんだ」

 やまねこは、やっぱり優しい声でそういいました。動かない魚を横目に見ながら、じっと座っております。

「元気がないんですか?」

 かわせみは訊きました。

「ああ、そうだね」

「どうして?」

「ばあさんは、もう年なんだよ」

 かわせみは悲しくなりました。出会ったばかりのこのやまねこが、もうすぐ死んでしまうのがどうしようもなく悲しかったのです。

「それなら、僕にいい考えがあるよ。おばあさんに、命を延ばす花をとってきてあげましょう。本当は友だちのめじろのためなんだけど、一輪も二輪も変わらないさ。ついでにおばあさんの分もとってきてあげるよ」

 かわせみは興奮してそういいました。我ながら名案だと思っておりました。しかしやまねこは頷くことなく、ふと空を見上げました。いつの間にか夜は更けていて、潔癖な星々の光で空は群青でした。

「ありがとう。本当に。こんな老いぼれのためにね。でもいいんだよ。私はもう何も望んでいない。あのねこがいない世界でこれ以上長生きしたって、仕方がないってもんさ」

 あのねこ、が誰を指しているのか、かわせみには分かりませんでした。しかし、この誘いもまた断られた、ということは分かりました。

「それじゃあ僕は、おばあさんのために何もしてあげられないのかな」

 かわせみは今にも泣いてしまいそうでした。自分の非力さが悔しかったのです。瞳に溜まった涙が星の光を乱反射して、かわせみの夜はぼやけました。

「そんなことないさ。それなら今晩、寝るまで一緒におしゃべりしてくれないかい」

 その言葉を聞くのと同時に、かわせみの視界は明瞭になりました。やまねこの温かい手が、かわせみの涙を拭き取ったのです。かわせみは驚いてやまねこの方を見ました。やまねこは目を細めて笑っております。

「それだけで、いいの?」

「それで十分さ。隣に誰かがいて、自分はひとりじゃない、って実感できるほど幸せなことはない」

 すると、かわせみはたちまち嬉しくなりました。おしゃべりは得意だし、大好きでもあります。かわせみとやまねこは、そのまま眠るまで、楽しくおしゃべりをしておりました。

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