かわせみの花

橘暮四

第1話

 少しだけ昔の話です。冬の枯野に立つ桜の木に、めじろとかわせみがひと組、並んで止まっておりました。

 皆さんご存じの通り、かわせみは実に美しい鳥です。しかし、なかでもそのかわせみは、息を呑むほど鮮やかな羽根を持っておりました。まるでサファイアを一面に散りばめたかのようなその藍色は、いっぱいに日光を受けてきらきらと輝いております。

 そしてその隣に止まっているめじろも、また大層美しいのでした。かわせみをサファイアというのなら、めじろはエメラルドとでもいいましょうか。きめ細やかなその羽根の模様はまるで金属細工のよう。もしそれを近くで見たならば、その精緻なことについ見とれてしまうでしょう。

 そのような、神さまが作られた自然の宝物のようなこの二羽は、毎日仲良くその桜の木に止まっては、秘め事のようにささやかな鳴き声でおしゃべりをしているのでした。その様子が実に奥ゆかしいものですから、他の鳥や花なんかは、嫉妬する気も起こりません。普段はかしましい小鳥たちも、ざわざわとそよぐ枯葉たちも、かわせみたちの逢瀬の間は、彼らを見守るようにじっとしているのでした。

 さて、しかし皆さんの中には、どうしてこの二羽が一緒にいるのか、疑問に思う方もいるでしょう。なるほどかわせみは魚を捕りますから川に住みますし、めじろは花の蜜を吸うので野原に住みます。一見すると彼らは出会うことのないようですが、彼らにはあるきっかけがあったのでした。

 ある秋のことです。この地域に、台風がやってきました。それ自体はさほどめずらしいことでもないのですが、その台風は実に勢力の強いものでした。台風が来る二、三日前から空は一面鈍色の雲に覆われ、空気は氷の表面みたいに冷たく張り詰めました。ついに台風がやってくると、それはもう酷い荒れようです。風はごうごうと音を立てて吹きすさび、雨は鋭く地面を叩きました。花々は皆、それらに晒されながらじっと耐え忍んでおりましたが、中には堪えきれず散ってしまうものもおりました。鳥やりすなどの小動物も、木陰にうずくまり、台風が過ぎるのを震えながら待っておりました。もちろんめじろもその例外ではなかったのですが、ふと向こうの方を見やったとき、何か青くて小さなものが、風に飛ばされて野原に倒れ込んでいるのを見つけました。それがかわせみでした。かわせみは、普段暮らしている川が氾濫しているのに驚いて、慌てて外に飛び出したところを、突風に吹かれてこの野原まで飛ばされてしまったのでした。そのかわせみは、傷だらけでぐったりとしております。このまま放っておけば、かわせみはほぼ間違いなく死んでしまうでしょう。しかし風雨は強まるばかりで、助けに行こうとすればめじろも巻き込まれてしまいかねません。

 それでも、めじろは迷いませんでした。

 その小さな身体を鉄砲玉のように丸めて、嵐の中を飛んでいきます。何度も風にさらわれそうになりながらも、なんとかかわせみの元へ辿り着きました。そして自分より一回りも大きいその身体を抱え上げて、また元いた木陰へと舞い戻りました。その傷だらけの、汚れた姿を見て、周りにいた他の鳥たちは実に嫌そうな顔をしましたが、めじろはお構いなしに、甲斐甲斐しく傷の手当てをしたのでした。かわせみは、掠れた視界の中で、しっかりとめじろのことを認めておりました。

 こんな風にして、めじろとかわせみは出会ったのでした。傷が完治して、川のほとりの巣に戻ったあとも、かわせみはめじろの元へと通いました。そしておかしい話を語って聞かせたり、綺麗な花を贈ったりしていたのでした。それは助けてもらったお返しなのか、はたまた純粋な好意なのかはわかりません。あるいはどちらもあったのでしょう。かわせみはとにかく必死に、めじろのためになることをしていましたが、なにしろそのかわせみは、嵐の中外に飛び出してしまうくらいおっちょこちょいなのです。それは上手くいくことの方が少なく、多くは空回りしてしまいました。それでもめじろは何も言うことなく、静かににこにこと笑っているのでした。

 劇的ではないにしろ、確かな美しさをもって出会い、静かな幸せを過ごしていたそのめじろとかわせみでしたが、その幸せが、もうすぐ終わってしまうことも知っていました。どんな生き物にも、寿命はあるものです。めじろはかわせみより小さな生き物ですから、命のろうそくがかわせみのそれより短いのも当然のことです。めじろはそれでもなお、にこにこと笑っておりましたが、かわせみは、それが嫌で嫌で仕方がないのでした。どうにかしてめじろを死なせないでやりたい、そう思ったかわせみは、ある噂を思い出しました。その噂とは、寿命を延ばすさざんかの話でした。

 どうにもそのさざんかの花は、かわせみが暮らす川をずっと上流に上っていったところに群生して咲いているらしく、薄い桃色をしているそうです。そしてその蜜をひとたび吸うと、虫も、人間も、もちろん鳥も、うんと若返り、寿命が十年とも二十年とも延びるという噂でした。もちろんかわせみは実際にそのさざんかの花を見たことはありませんでしたが、兄さんのよだかが、以前それを教えてくれたのでした。

「僕がそれをとってきてあげるよ。そしたら君は長生きできるさ」

 めじろに噂について話したあと、かわせみはそういいました。めじろは黙って笑っておりました。

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