5 公爵家の別荘
二年になった夏休みにミシェルに別荘に招待された。
泊まり込みだし父に許可を貰った方がいいだろうか。
実家に帰ると兄のお嫁さんが甥っ子と一緒に来ていた。
「こんにちは、お義姉様」
「あら、ヘディさん。お元気ですか」
「はい」
ミシェルやコーデリアに頂いた焼き菓子や小物や、王都で買った物のおすそ分けをすると兄嫁は機嫌が良くなる。あの二人は物持ちでお金持ちで、私が一緒に居ていいのかしらと時々思う。
義姉にお土産を渡して、父の執務室に向かった。兄もいればついでに挨拶も出来てちょうどいいと思ったのだ。
しかし、執務室で父は何やら興奮した様子で兄と話をしている。
「ダンジョンから出たかもしれないだろう──」
おや、ダンジョンとか、私の中の何かが興味津々に聞き耳を立てる。
「しかし、父上。鉱山跡から出たかもしれないでしょう」
「いや、うちの鉱山は銅鉱で軽い魔石とは明らかに異なる。お前も何度かダンジョンに行って魔物を狩っただろう」
「はい、そんなに強い魔物もいなくて良い修練になりました」
「あの時に魔物から出た魔石とよく似ているのだ」
「ダンジョンはもう埋まりましたよね」
「そうだ。ダンジョン跡から魔石が出るという事が有り得るだろうか」
「聞いた事がないです」
「そうだな」
父はため息を吐いて「まあ一応報告はしておこう」と話を終えた。
男爵家の小さな領地にもダンジョンや鉱山があるんだな。どちらももう枯れてしまったそうで、儲け話には程遠いようだ。
別荘の話をすると父は少し考える風だったが「まあ行ってくればいい」と許可してくれた。何だろう、粗相でもすると思っているのかしら。
コーデリアと一緒に伺った別荘は、王都から馬車で一日くらいの所にある、広い湖の畔に建つお城のような美しい別荘に着いて唖然とする。
広い玄関ホールにぶら下がる大きなシャンデリアと高い天井に描かれた絵画、大理石の磨かれた柱と手すりの付いた広い階段。
あまりにもあんぐりと口を開けて、お城の中をぐるぐると顔を回して見ていたらコーデリアが呆れたように言う。
「あら知らなかったの? ミシェルのお父様はアルベマール公爵の御次男なのよ」
何とミシェルはアルベマール公爵の一族だった。伯父様はアトリー伯爵を継いでいるとか、そしてここはアルベマール公爵の別荘のひとつだとか、こんな別荘が他にもあるとか公爵凄すぎる。
父は知っていたのだろうか。よく私がここに来るのを許可したな。
「まあ、恐れ多いわ、私どうしたらいいの」
「今更だわ、ねえコーデリア」
「そうね、私お父様にヘディの言った面白いこと話しちゃったし、会ってみたいとか見てみたいとか煩くて断るの大変なのよ」
コーデリアはケリー商会という王都でも指折りの大商会のご令嬢だった。
「どうして蛇口を捻ったらお湯が出ないの?」とか「猫足のお風呂が素敵!」とか「トイレにスライムがいて怖い!」とか転生前と比べては仕様もないことをつい口走ったような気がする。私は転生者としての自覚がなさ過ぎる。
頭を抱えてカウチに突っ伏す私をミシェルとコーデリアが面白がる。
「ねえミシェル、この子って面白いと思わない?」
「そう、ヘディは時々とっても面白いことを言うし、この格好」
まだ何か口走ったのだろうか。二人でツンツンして遊ばないで。
「この子がこんなんだって知られたらどうなるかしら」
「ダメ、絶対。危険だから内緒よ、ヘディもね」
「はい……」
まあ地が出てしまうのはこの方たちにだけなのだけれど。
ミシェルのお兄様とコーデリアのお兄様がいらっしゃって、それぞれお友達を引き連れていて、別荘は賑やかで楽しかった。
ただ、どちらもすでに婚約者がいらっしゃる。
私にちょうどいい相手なんていないんじゃないの。
「お兄様に婚約者がいなければヘディになっていただけるのに」
「いやいや、私は男爵家の娘ですし、侍女に雇ってもらえたら嬉しいです」
「あら、それを言ったら私は平民ですのよ」
コーデリアが睨む。でも、ケリー商会は大商会で商人ギルドの重鎮で運輸関係を一手に握っていて、王族でも頭が上がらないと聞く。しがない王宮事務官のお父様とは訳が違う。
「まあ、でもへディは何でもできるし」
何度もやり直していれば曲り形にもできるようになるの。
「親切ですし、とても助けていただいて」
ちょっとした魔法のコツだとか、暗記の仕方とか、お菓子のレシピとか、大したことはしていないと思うの。
これって、乙女ゲームじゃないのかしら?
今まで婚約者のいない方なんて、私の周りには一人もいなかった。どうすればいいの。ずっとやり直しを続けないといけないの。
まるで何かの罰ゲームみたいに──。
* * *
秋になってリンデン王立魔法学園が祝日もあって一週間近く休暇になって、ミシェルに別荘に招待された。
湖でのボート遊び、近くの丘へのピクニック、狩り、そして夜会と盛り沢山の内容だ。コーデリアも一緒だし夏と一緒だろうと気軽に考えて頷いた。
しかし、別荘に着いて驚いた。何とエドウィン王太子殿下が来ていたのだ。
「おや、リール男爵家のお堅い妖精姫じゃないか?」
お堅い妖精姫とか何だ。
この別荘はアルベマール公爵家の別荘だった。そしてアルベマール公爵家は先々代の王女殿下が降嫁された王家との関わりも深い家柄だと知った。ミシェルはエドウィン王太子殿下と又従兄妹という事になる。しがない男爵令嬢が親しい友人になって良い相手ではなかった。
こういう繋がりの知識が私には欠けている。
「まあ、このような所にぬけぬけといらっしゃるのね」
殿下の婚約者のクラウス公爵令嬢アルヴィナもご一緒であった。
酷い言われようだ。さすがにこのメンツで楽しめるとは思えない。ひたすら頭を下げたまま耐えていると軽やかな声が降って来た。
「綺麗ナ、オ嬢サン」
目の前にサンダルを履いた足が見えてゆっくり顔を上げる。白くて長い立て襟の服に黒い上着を羽織って頭にはターバンを巻いた殿下と同じくらいの歳の男がいる。何だろうこの人は。
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