4 相変わらず綺麗なヒロインです


 暗転から気が付くとリンデン王立魔法学園の門の中に立っていた。

 ああ、またここからか。溜息が出る。


 鏡の中に美しい少女がいる。


 キラキラと輝くプラチナブロンドに淡くピンクが乗った長い髪がゆるゆると畝って卵型の顔を縁取り、二重のぱっちりとした瞳はアイスブルー、そして花びらのような赤い唇。華奢で均整の取れた身体に透き通るような白い肌。


 可哀想なヘディ・リール。

 恋も出来ない哀れな娘──。


 私は貴族の繋がり関係をあまり知らないし、騙されやすい。とにかく婚約者のある人はいけない。男性より女性の方が噂とか敏感だろうけれど、私の友達になってくれる人がいるのだろうか。


 マナーはかなり頑張った。勉強も頑張った。

 よし、お友達を作ろう。実は前回と前々回で目星はつけてあるのだ。

 もっと早くにそうしていたら良かったけれど、気が付くのが遅かった。


 商家のお嬢様のコーデリア・ケリー。この方は図書館で時々お会いした。とても勉強熱心な方だった。私はひたすら勉強していたけど、お友達が欲しかったし、こんな方とお友達になれたらなと思っていた。

 もう一方は子爵令嬢のミシェル・ダルシアク。前回、ご令嬢に苛められた時、ご令嬢方を窘めて下さった方だ。



 コーデリアがいつも来る日を選んで図書館に行った。そしたらミシェルも図書館に来ていたのだ。チャンスだと思った。コーデリアの好きそうな本を幾つか選んでそっと近くに寄った。

 さあ、何と言って話しかけよう。


 その時、どういう訳かエドウィン王太子殿下が取り巻きを引き連れ図書館に入って来たのだ。


 私は固まった。この方の事をすっかり忘れていた。コーデリアとミシェルが立ち上がってカーテシーをする。私も二人に倣った。近くに居たので並ぶ形になった。


「あー、楽にしてよい」

 殿下の後を取り巻きがぞろぞろと続く。その中にはジェイラスもいる。今回は入学式でぶつかっていないので話しかけられることもない。


 こういうのって堅苦しくて嫌だろうな。殿下が息抜きをしたくなる気持ちは分からなくもないが、それは他の方にして頂きたい。クラウス公爵令嬢アルヴィナに睨まれて嵌められたくない。

 誰も顔を上げないので殿下は気まずく思ったらしい、あまり留まることもなくすぐに出て行かれた。


「ハーーー」と息を吐いてそこの席に座ると、近くにいたミシェルとコーデリアも溜息を吐いた。そして私たち三人は何となく顔を見合わせたのだ。




「へディ様はほんわりとしたお綺麗なだけの方と思っていましたけど、お話しすると色々と面白くていらっしゃるし知識も豊富で、私は兄だけだから姉妹が出来たみたいで良かったですわ」

 人は見かけによらないものねと言ってミシェルは笑う。

「私も兄だけですわ」

 私には十歳上の、もう結婚した半分血の繋がった兄がいる。父の正妻の子供だ。

「まあ偶然ね、私もなのよ」

 コーデリアもそうだった。偶然にもみんな兄ひとり妹ひとりの兄妹らしい。


 何だか可笑しくて笑ったら「本当ね」とミシェルが言う。

「へディ様はとても綺麗に笑うから殿方には見せられないって」

「まあ、眼鏡をかけようかしら」

 二回目の時は瓶賊眼鏡をかけていた。

「お止めなさいよ。綺麗な事はいい事よ。私たち目の保養になるじゃない」

「うふふ、そうよね」

 ああ、この方たちはとても素敵だわ。お友達になれてよかった。



 情報は大事だけれど普通にお嬢様をしたい。この方たちとたくさんお話をしたい。この世界を満喫したい。

 お茶会に行って、買い物に行って、カフェで甘いものを食べて、おしゃべりをして、噂話をして、ついでに恋バナもするんだわ。



 二回目で金持ちの妾にされようとしたけど、リール家は領地もある男爵家。裕福ではないけれど貧しくもない。男爵には跡継ぎがいて、私の母親も男爵夫人も、もう亡くなっていて、私は屋敷に部屋を宛がわれ、侍女もつけてくれている。

 私が良い相手を見つけたら縁付かせて、そうでなかったら金持ちの所で何不自由なく暮らせるようにって、お父様の愛情かしらと最近思う。あまり話したことはないけれど。

 でも、妾ではゲームオーバーなのだ。そしてやり直しが待っている。


 今回も騎士団の練習をコーデリアとミシェルとご一緒して見学に行った。ジェイラスがチラリと私を見たけれど、私は前回ので懲り懲りだったので、一度で止めてしまった。



  ***



 私はそのまま無事に二年生になった。ミシェルとコーデリアとは相変わらず仲良しでお陰で他にもお友達が出来たけれど、男性は私を遠巻きにして誰も近付いてこない。どうしたもんか。


 夏休みが間近になったある日、ミシェルとコーデリアのお茶会に行くとそこに青年がいた。

「ねえ、ヘディ。絵姿を描いて貰わない?」

「こちら伯母のサロンにいらっしゃる新進気鋭の画家なの」

「大層才能に溢れた方だそうなの」

「初めまして、僕がアンリ・ドルバックだ」

 青年は自己紹介する。癖ッ毛の栗色の髪を後ろで括って、色白の顔で黒い瞳がキラキラと輝いている。


「実はもうお願いしちゃったの」

 何となく嫌な予感がする。

 部屋に二人で取り残されて、もちろんドアは開いているが、青年は黒い瞳をキラキラさせてスケッチをしながら滔々と語りだした。

「芸術はロマンだ。自然との一体感を感じるかい、君と僕は出会うべくして出会った。これこそが神秘的な出来事と言わなくして何が神秘だ、自然だ」

「なんか違う……」

 彼の言う事が分からない、何も感じないし。だがドルバックは語っている内に段々熱くなって来た。


「君は美しい。その姿を隠してはいけない。自然に還るのだ。さあ脱ぐのだ。私が手助けしてあげよう、至高なる芸術の世界へ」

「嫌ですわ、ドルバックさん」

 何なんだろうこの人。

「衣服、この現実を咆哮する忌まわしきものたち、これを排除してあるがままの君になるのだ、自由を謳歌するのだ」


「一つ伺いますが、あなたに婚約者とか奥様はいらっしゃるの?」

 いや、いてもいなくても嫌だけど。

「おお、それこそ価値の無いものだ。縛られてはいけない、君は邪魔な物を打ち捨てて自由になるべきだ」

 男が私の服に手をかけようとする。

「きゃあ、コーデリア!」

 私が叫んだのでドアの所に待機していた護衛がすぐに男を取り押さえた。


「まあ、ごめんなさい。これほどとは思わなかったわ」

 コーデリアは男の書きかけのスケッチを全部回収した。

「何だか妄想が凄い人なのよ。私怖いわ」

 また「男と見れば色目を使う」とか「男を惑わせるふしだらな女」という噂が立ったらどうしよう。


「若い男はいけないわね、年寄りの油っ気のない方がいいかしら」

 コーデリアが謝る。

「もうイヤよ」

 私は涙目で訴えた。

「まあまあ、そう言わないで」


 コーデリアが頼むので一日だけという約束で受ける。なるべく画家を意識しない方がいいという事でミシェルとコーデリアとのお茶の時にしてもらった。


 出来上がった絵姿を貰ったけれど、実家の男爵家に帰った時にクローゼットに仕舞い込んだ。


 ゲームオーバーになるかと思ったがならなかった。コーデリアが私に似ていないピンクブロンドのモデルの女性をドルバック氏に宛がったと聞いた。

 記憶の上塗りをしたのかしら。ため息が出る。


 鏡の中のヘディ・リール、今日も綺麗ね。

 私はどうすればいいの?



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