3 騎士団長子息のイベントに乗っかってみました
暗転、そしてやり直しの学園にぼんやりと佇む私。今日は入学式の日。エドウィン王太子殿下を引っ掛けるのは厳禁。でも、誰かを引っ掛けなきゃいけない。
どうしよう、貴族の社交も付き合いも全然していない。知識もない。
鬱々と考えながら歩いていると誰かにぶつかった。よくある出会い系イベントだろうか。そんなイベントがあるのなら乗っかりたいけれど。
「あら、申し訳ありません」
「いや、こちらこそ……」
かなり背の高い大柄な男だ。見上げるとじっと見降ろす目と合った。オレンジっぽい茶色の髪に精悍な顔、見覚えのある男のような気がする。
そうだ、この男はエドウィン王太子殿下の後ろに立っていた。殿下の護衛で騎士団長子息ジェイラス・グラッドストンだ。確か私よりひとつ上の二年生だったはずだ。殿下の取り巻きだし生徒会に入っていたので入学式の手伝いに駆り出されたのだろう。
ちょっと会釈をすると赤くなって頭を掻いた。
今回は瓶底眼鏡もそばかすも封印する。するとやはりというかエドウィン王太子殿下が目敏く私を見つけて声をかけて来た。
「君は今年の新入生か、何か困ったことはないか」
キラキラしい笑顔で話しかけて下さる。
前回、ヘンな顔を作って殿下に逃げられて、自分で仕出かしておきながら酷く傷ついて悲しかった。だからこんなお顔で話しかけて下さるのはとても嬉しい。
でも、この方は私の外見がお好みなのだ。中身が空っぽでぼんやりとした人形のような私でいいのだ。
どうしたものか、何と返事をすればよいのか、何も思い浮かばない。
カーテシーをしたまま立ち竦んだ。
「この娘はリール男爵家のご令嬢です」
下げた頭の上から声が聞こえた。男爵家の娘など恐れ多くて王族には近付けもしないものだ。普通は。だから決して顔を上げてはならない。
「そうか」
エドウィン王太子殿下は、私が無邪気で天真爛漫な女性ではなかったのに興を削がれたのか行ってしまった。ちょっと寂しい、けれど仕方がない。
ゆっくり顔を上げると目の前に大柄な男が立っていた。オレンジっぽい茶色の髪に精悍な顔のジェイラス・グラッドストンだ。
私はその時、ジェイラスは男性除けの盾に良いかもしれないと不埒な事を考えた。
今回、私は魔法の腕をあまり隠していない。氷魔法は封印しているけれど水魔法はかなりの腕前になっている。しかし私の性格故か攻撃魔法は得意ではない。これでは王宮魔導士にはなれないだろう。魔力が多いことで、誰か適当な人を引っ掛ける事ができないか。
ある日、ジェイラスに「騎士団の練習を見に来ないか」と誘われた。
「私のような者が見に行ってもよろしいの?」
「回廊に令嬢方が見学する場所が設けられているのだ」
知らなかった。そんな場所があるらしい。
「じゃあ見学に参ります」
ジェイラスに誘われて見学に行く事にした。誰かいい人が居たらいいなぐらいの軽い気持ちだった。騎士様だったらお父様も文句を言わないだろう。
騎士団には騎士学校が併設されていて、魔法の素質のない者は騎士学校や通常の学校に入る。魔法学園は騎士学校の隣にあった。
ジェイラスは伯爵家嫡男で私のお相手としてはちょっと敷居が高い。子爵家か男爵家辺り、あるいは騎士爵で適当な人は居ないだろうか。
しかしながら貴族の常識は何とか頭に入れたが貴族とのお付き合いはほとんどしていない。前々回はぼんやりとしていたし、前回は本の虫だった。遠慮して隅っこで大人しくしていよう。
騎士団の練習を見学に行く令嬢は多い。まあ大体は婚活目的だ。
練習場には結界が張ってあって外で見る分には危険はない。わざわざ見学できるように回廊があって椅子が並べられている。王家も騎士団の男どもに婚活の機会と場所を提供しているのだろう。
騎士団に婚約者がいる令嬢も見学に行くという。
ジェイラスにも婚約者がいた。栗色の髪の伯爵令嬢だ。
乙女ゲームでは王太子の周りの攻略対象者には大抵婚約者がいるから、彼とは少し距離を置いて、手頃な方を物色していた。
誰でも話しかけてくれれば返事はするし、少しは愛想よくもした。
ジェイラスは色々声をかけてくれて、見学の後にはお茶に誘われたりする。見学に誘ってくれたので一度は頷いた。
王都の流行りのカフェに連れて行かれて、お茶を飲んで話をする。
「君は大人しい人だと思っていたが、そうでもないんだな」
「はあ」
私は男爵家の庶子で、無邪気でも天真爛漫でもない。しかし、カフェのガラスに映る私は戸惑ったような顔をして小首を傾げている。甘いピンクの髪が流れ落ち、少し開いた赤い唇と、惑うようなアイスブルーの瞳がひどく扇情的に見える。
「その顔は……、誘っているのかな?」
「え……」
ジェイラスは私の手を取って囁く。
「君は、可愛いなと思っていたんだ」
しかしジェイラスには婚約者がいるのだ。
「その、あなたには婚約者様がいらっしゃるのでしょう? 誤解されますといけないのでは」
そろっと手を引いて聞いた。
「君が心配する事ではないよ」
余裕そうに返したけれど、盾になって下さるのも声をかけて下さるのもありがたいが、これは不味いんじゃないだろうか。
やはりというか、そのことは噂になって他のご令嬢から目の敵にされ始めた。
「こちら空いていますの?」
端の席が空いていたので行ったら、小さな包みが置いてあった。
「まあ、猫の座る席などございませんわ」
「泥棒猫が──」
「誰にでもついて行くのだそうですわ」
「クスクス」
私は愕然とした。椅子に座る事ができない、ではなくて、かなり酷い噂になっているようなのだ。呆然と突っ立っていると、通りかかった女性がいきなり突き飛ばした。
「邪魔ですわ」
よろめいて椅子にもたれた私を日傘で打ち据えようとする。
『アイスシールド』と唱えると氷の盾が現れて日傘を弾いた。
「生意気な」
いきり立ったご令嬢、だが引き止める方もいた。
「皆様、お止めになったら──」
でも、私はもう怖くなって逃げ出した。
「まあ、みっともない事」
「猫が逃げて行くわ」
「おほほ……」
ご令嬢方の嘲る声が逃げる私の背を追いかける。
最初のゲームオーバーを思い出す。
私は最下位の男爵令嬢でしかも庶子だ。他のご令嬢方を差し置いて目立ち過ぎてはいけなかった。ジェイラスからも、もっと距離を置いた方がよかった。ただでさえ婚約者のある方なのに。
しかし、ジェイラスは学校で私を捕まえて言うのだ。
「俺は婚約者とは別れた」
え、何で?
「俺のことも考えてくれ」
私はどうすればいいんだろう。この方を利用したのは私なのだ。
私は見学に行かなくなった。ジェイラスに誘われても断った。さすがに身の危険を感じたし、どうすればいいのかもう分からない。
そしたら今度は「男と見れば色目を使う」とか「男を惑わせるふしだらな女」という噂が立った。
事態は坂道を転がり落ちるように悪化していく。
騎士同士の喧嘩になって、奪い合いになったのだ。
私は見学にも行っていないのに、何で私の奪い合いになるんだろう。
「あの女が色目を使った」
「あの女に誘われた」
「あの女に騙された」
「あの女はふしだらな女だ」
いや、私はどうして──。
騎士たちの騒動は全て私の所為にされた。
「その女の瞳は魔性の瞳、男を惑わすアイスブルーの瞳だわ!」
ジェイラスの婚約者の伯爵令嬢が叫ぶ。
「ヘディ・リール、お前が騎士たちの人心を惑乱した罪は重い!」
私の前にハルバードが交差される。ガシャン。『ゲームオーバー』
ハルバードの向こうにジェイラスが婚約者と一緒に私を見ていた。
あの男、嘘ついて、ちゃんと婚約者がそのままいるじゃないの。
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