答え合わせ

 その後、僕は有栖川照也をべた褒めし、この人に会ってみたい、と女性に詰め寄った。彼女はそれがまた嬉しかったみたいで、自身の電話番号とともに僕に名前を告げ、連絡を待つように言った。彼女は牛頭というらしい。厳つい名前だな、と思ったけど、有栖川照也にはこれから地獄に付き合ってもらうんだから、その名前さえもうってつけのように思えた。








 それからどれくらい時間が経っただろう。しばらく連絡が来なかったから、僕はその期間に新しい作戦を考え始めていた。そんなある日、突然僕のケータイが着信を知らせた。間違い電話でない限り、今僕に連絡してくる人間なんて牛頭さんくらいなものだ。








 「もしもし!揚羽です!」




 「はい、お久しぶりです。牛頭です。お待たせしてごめんなさい。連絡、つきましたよ」








その報告が、僕にとっては天の啓示に聞こえた。同時に、こんな馬鹿げた作戦を実行しようとしている自分に不安を感じながらも、どこか興奮していた。








 そして運命の日は意外にもはやく訪れた。とうとう僕のバディになる人間と初めて相まみえる日だ。僕は無邪気で、それでいて有栖川照也を崇拝している青少年。未来人という話はいつすれば良いだろうか。牛頭さんには彼の作品が好きになったので本人にも会ってみたい、という話になっている。―――まあいいか、どうせもう牛頭さんと会うのも今日でほぼ最後になるだろうし、初めから有栖川照也にはそう伝えよう。服装は若々しいながらも、長い間着ていることが分かるようなものを選び、カバンにはお父さんが残してくれたお金をつっこんだ。汚い話かもしれないが、今となってはこのお金が、お父さんからもらったお守りみたいなものだ。そうして僕は道中で買った適当な和菓子を携えて、あの部室の扉を強く叩いた。








 「遅れちゃってすいませーん!先日来た揚羽ですー!入って良いですか!」








久々の人との会話だからか、少し声のボリュームを間違えてしまったかもしれない。「どうぞ」と僕を通してくれた牛頭さんも、どこか僕のことを掴めずにいる。こういう小さなミスが計画を破綻させる可能性もある。これからは気をつけよう。








 部室に入ると、牛頭さん以外に一人の男性が立っていた。その姿はひょろっとしており、髪も少し長めの風変わりな学生、という感じだった。そんな彼が、僕を不思議そうに見つめている。これが、有栖川照也か。僕は彼を認識すると同時に、自分に洗脳を始めた。僕は彼に心酔している未来人。彼に人生を救われたかわいそうな少年。一時的に計画のことを忘れてしまうほどその設定に入り込め。何度も何度も自分に言い聞かせながら軽い挨拶を済ませた後、僕は作戦のスタートボタンを押した。








 「僕、未来のあなたの大ファンなんです!」








その後は、牛頭さんに迷惑をかけたくない有栖川照也の配慮により、僕らはファミレスに向かうことになる。僕は別れ際、心の中で牛頭さんに誠心誠意お礼を言った。貴女のおかげで、僕は今から夢を叶えられるかもしれません、と。








 道中はあのとき読んだ有栖川照也の小説について、ひっきりなしに語っていた。結局あの後有栖川照也の小説は購入し、何度も読み込んでいたので全く苦労はなかった。この時間で、僕がどれほど有栖川照也に心を寄せているのかを思い知らせる。” 未来”だとか”大ファン”だとか、彼が普段聞き慣れないであろう設定で生まれた違和感は、自分の大げさな演技や本気度から生まれる違和感で埋める。大丈夫、この後告げる壮大な設定が、大体の細かな違和感は消してくれるはずだから。








 そうしてファミレスに着いた後、僕は温めていた設定を有栖川照也に話した。その時意識したことは二つ。一つは話の大筋は必ず通すこと。もう一つは話のぶっ飛び具合はそのまま残しておくことだった。話の筋を通すのは勿論、しょうもないところで矛盾を生む危険性を排除するためだ。こんな話をしておいて、自分の話の中で食い違いが生じていては馬鹿らしくてしょうがない。そして話の異次元さを残すメリットは、自分をこの超常現象の被害者にできる所にあった。その為に、ある程度話はぶっ飛んでいなくてはならない。そうすれば、ある程度の不可解はこの超常現象のせいにできてしまうという寸法だ。








 案の定、有栖川照也は僕の罠にはまった。そして”自分が未来で大犯罪者になっている”という爆弾を落とす前に、僕はバタフライエフェクトという実際によく言われている理論を話題に出した。人間は真実と嘘を混ぜて語られると、半ばあり得ないことでも信じてしまうという特性がある。収束論などの話があちらから出てきたことは誤算だったが、とにかく彼を共犯者にする準備は整った。








 彼に彼の作られた未来のことを告げたとき、彼は思ったとおりの反応をしれくれた。きっと心のどこかで自分は将来偉大な人間になるとでも思っていたのだろう。ここで僕が彼にこの話をしたことには、とても大きな理由があった。一つは何も言わなくても将来的に自分が大犯罪の中心にいると自覚させるため。実際に自分の作品が犯罪に関わっていると知ったとき、予め”あなたは大犯罪者になる”と言われていた場合とそうでない場合とでは、本人の犯罪の捉え方に大きな違いが出る。この作戦を実行するにおいて、僕が常に中心に居続けるために、有栖川照也にも事件の中心にいてもらわなくてはいけないのだ。








 そしてもう一つは、思い込みの力を利用するため。これに関しては正直暗示みたいなものではあるけれど、僕はこの力は侮れないものだと思っている。信ずれば叶う、という言葉があるけれど、これも人間が強く願えば身体も自然とその方向に向き、周りまで伝染してゆくからなんじゃないだろうか。だから僕は、今回のケースは本人が望んでいる訳ではないけれど、有栖川照也という人間がこの未来に向かってしまっていると自覚した瞬間、彼の身体が自然とその未来へと歩みを進めてしまうのではないか、と考えた。まあ、これを伝えたが故のデメリットである”本人がこの未来を避けようとする”という点に関しては、僕の立ち回り次第でどうとでもなる。それよりもこれらのメリットの方が僕にとっては重要だった。特に一つ目に関しては、お父さんの敵を殺さなくてはいけないからこそ、重要だった。








 僕が彼に心酔している理由付けのために用意した”かわいそうな身の上話”は、僕が思っていた何倍も効力を発揮した。これのおかげで有栖川照也の同情を誘い、彼の中の僕を怪しいやつから仲間まで引き上げてくれた。この時点で、有栖川照也という人間は想像の何倍も単純で、それでいてまっすぐな男だと悟った。これをだますのは非常に罪悪感を覚えたが、利用する人間としてはうってつけすぎるほど適任だ。恨むなら、こんなやつに目を付けられた自分の運を恨んでくれ。








 彼の生活に潜り込めた今、僕の中で最難関のミッションが始まった。それが”有栖川照也の小説を何かしらの文学賞で受賞させ、なおかつその作品は割と責めた内容である必要がある”というものだ。なんならこれさえクリアできれば、そこから先は裏工作でなんとかなるのではないかとさえ思えるほどに、この作戦にとっての鍵だった。これをクリアするために、僕はまず彼の短編から長編までを読みあさった。その時に彼の方から自分の小説のダメ出しをするように言ってきたので、一石二鳥なすべり出しではあったのかもしれない。








 幸運にも僕は勉強の隙間に様々な小説を読んできたこともあって、我ながら読解力や文章力には自信があった。だからこそ僕はとことん彼の小説を何度も何度も読み返したのに、”改善点”と言われるととても難しさを感じてしまった。それ故に、牛頭さんが言っていた明らかな欠点の他には迷宮入りしてしまいそうだった。








 それもそのはず、僕が数ある作品の中から有栖川照也を選んだのは、他でもない一番彼の話が一番面白かったからだった。新人とは思えなかったし、もし新人賞かなにかに応募すればクオリティで差をつけられるのではないかと思ったほどに。単に僕の好みなのかもしれないけれど、確かに彼の作品には不思議な魅力があるような気がする、この正体はいったいなんなのだろう。








 その答えは結局次の日まで出ることはなかった。牛頭さん、僕はまたあなたに救われることになりそうです。しかし読めば読むほど”解像度”の問題は如実に明らかになった気がした。彼の文には圧倒的な文章力があったり表現力があるからこそ、その欠点が浮き彫りになるのかもしれない。結果僕は彼にまるでその欠点を僕が見切ったかのように話した。そしてそれと同時に、僕が温めていたある秘策を提案した。それが、自分の過去を物語のモチーフに選んでもらうことだった。しかも僕は既に彼に政治家というワードを出している。そういったニュースはどれほど目を塞いでいても入ってくる訳だし、リアリティを出す事だけ考えれば、彼にとっても良い材料であることには間違いない。








 作品の方向さえそっち路線になってくれれば、もうそこから先は僕のものだ。僕の過去をモチーフにしたことで得られる解像度と、有栖川照也が元から持ち合わせている表現力を組み合わせれば、今までの彼の作品とは一線を画すものができあがることは容易に想像できる。これを更に時間をかけて作り込むことができれば、目指している受賞も夢ではない―――と思いたい。








 そこから先の製作は、思っていたよりも遙かに上手くいった。もし有栖川照也が全て自分で作りたいタイプの作家で、僕が製作にあまり関われなかったらどうしようと不安もあったが、それらも杞憂に終わった。しかし壁は違う形で僕に立ちはだかった。彼が、この”怨嗟の鬼”の製作を中止したいと言い出したのだ。








 ここまで書いてこられたからこそ、僕は油断していた。こういう題材にしたいが故に、これまでの有栖川照也の作風と今の作風の差異に目を向けていなかったのだ。有栖川照也という人間はまっすぐで、それでいて都合の良い考えをしている節がある。それには心のどこかで気付いていたはずだったのに。全く面倒な性格をしているものだ。仮にも作家だろう、それくらい自分の中で納得させること位できないものか。








 だが、未来が怖いから、という理由での中断ではなかったのが不幸中の幸いだった。これなら、僕が適当に彼を言いくるめるだけで製作を再開できる。僕は即席で考えたストーリーで、彼を新たなステージへと送り込んだ。しかもこの葛藤は、有栖川照也に大きな影響を与えた。彼自身はあまり気付いていないそうだったが、明らかに彼の表現力に違いが出ていた。きっと彼の中での人間像、のようなものが以前よりくっきりしたのだろう。これは賞を獲るにおいて思ってもみない追い風だった。








 約一ヶ月半の月日を経て、ついに”怨嗟の鬼”が完成した。流石にベストセラーになるほどだ、とは思わないが、誰が見ても素人が書いたものとは思えないレベルのものが出来上がっている自身があった。改めて有栖川照也のセンスには驚かされる。きっと僕と出会うことがなかったとしても、数年後には何かしらの作家になっていただろうと思う。そしてこのクオリティの高さは、有栖川照也に思わぬ自信を付けた。なんと彼の方から賞に応募すると提案してきたのだ。この瞬間、僕の勝利が半分確定した。








 根拠は―――というと、ただ単に僕も”怨嗟の鬼”の面白さを体感しているから、というだけではあったけれど、賞を獲ることが難しく思えないレベルで、確かな自信があったのはどうしてだろう。僕もあの作品を、そして一緒に過ごした有栖川照也を、愛おしく感じてしまっているのだろうか。ただ利用しているだけなはずなのに、この死んだ僕にまだそんな感情が存在していたというのか。

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