再会

日本へ戻ってちょうど半年が経った。季節も全てが息吹く春から残暑厳しい夏へと移り変わっていた。湿度の多いじめじめとした肌に粘りつくような日本の夏の重たい空気。肌を滑るようなサン・ディエゴの、あの軽い空気が懐かしい。

 その間、何通もの手紙がアンドリューから届き、その数と同じほどの手紙が彼のもとへと届けられた。そして、来月にはアンドリューの二十三回目の誕生日がやってくる。それまでに間に合うように、私は編み物が得意な母に教わりながら(世話になった友人に贈りたいと説明して)、アンドリューのセーターを編んでいた。きちんとした寸法も分からぬまま、記憶を頼りに編んでいくのは必要以上に時間がかかる。ここは一目減らさないとダメじゃない。そんな私に母は的確に指示をだしてくれた。

「ねえ、お母さん。私、この冬にもう一度、サン・ディエゴに行ってきてもいいかな?」

 母の機嫌を伺いながら私は意を決して訊いた。母は、なんでまた急に、と腑に落ちない眼差しで私を見た。

「本当は三月に帰って来たときからずっと考えていたの。でも、いつ切り出せばいいのか分からなくて」

「何しに行くの?」

 冷めた口調で母は訊いた。私は編む手を止め、母を見つめるとこたえた。

「来年の春、今の大学を卒業したら私、サン・ディエゴの大学へ行きたいの。もっとちゃんと真剣に英語を勉強したいのよ」

 何の反応も見せない母。

「出来ればその大学をきちんと調べておきたいし、それにイザベルからは『是非クリスマスには遊びにいらっしゃい』と手紙ももらったし。だから許してもらえるなら十二月にもう一度行きたいの」

 私は更に言い添えた。天井をあおいだ母は大きなため息をついた。二人の間に沈黙が続いた。規則正しい時計の音が耳に響く。

「あなたが言いたいのは『行きたいの』じゃなくて、『行くの』でしょ?」

 しばらくして母はそう言うと、黙ったまま又考え込んだ。そして、私を見つめると、

「留学の件はお父さんに聞いてみないと何とも言えないけど、十二月は行って来てもいいんじゃないの。どっちみち、あなたが口にするときは、いつももう決めてしまったあとなんだから。ダメって言ってもどうせ行くんでしょ?」

 と言い、呆れたようにもう一度深くため息をついた。

 あまりにあっさりとした母の返答に、私は拍子抜けしてしまった。

「ホントにいいの? 本当に行ってもいいの?」

 今一度確かめる。

「いいわよ。そのためにバイトもしていたんでしょ」

 そう。日本へ帰国してから週三回、私は中学生たちに英語を教えていた。少しでも旅行の費用を稼ぎたかった。そんな私の行動を見ていた母には、こうなることがどこかで分かっていたのかもしれない。そして、頑固で一途な私の性格を知る母には私の言葉――サン・ディエゴの大学へ行きたい――が、ただ単に一時の気の迷いや思い込みから出たものではないという事も見抜けていたに違いない。私は母を思い切り抱きしめて、ありがとう、と言いたかった。でも、ここは日本。ハグの習慣などない日本。

「ありがとう、お母さん」

 私は満面の笑みを浮かべて心からそう言った。


 翌日から私はにわかに忙しくなった。

 まず旅行会社へ行き、チケットの予約を入れた。出発は十二月十一日、午後五時二十分。東京発マレーシア航空〇九二便。サン・ディエゴ着、午後一時三分。それからイザベルに手紙を書いた。


 親愛なるイザベル、

 イザベル、そして、みなさん、お元気ですか?

 サン・ディエゴのお天気はどんなですか?

 日本の夏は蒸し暑く、外に出るだけで疲れてしまいますが、私は元気で毎日大学へ通っています。

 早速ですが、十二月十一日から約四週間、私はそちらへ行けることになりました。

 一緒にクリスマスを過せるんです。

 アメリカで過す初めてのクリスマスです。

 年末のカウントダウンも楽しみです。

 今からワクワクしています。

 サン・ディエゴには十一日午後一時過ぎに到着します。アンドリューが迎えに来てくれると思いますので、心配しないでください。

 お会い出来るのを心から楽しみにしています。

 愛をこめて、カナ。


 学校の帰りに切手を買い、家の近くの郵便ポストへ投函した。

 残暑といっても確実に季節は秋へと向かっていた。五時ではまだ明るかった空もだんだんと日の暮れ方が早くなり、夕闇が迫っていた。


 季節もすっかり秋へと変わっていた十月の終わり、アンドリューから手紙が届いた。それは六枚にも渡る長い手紙だった。

私の贈ったセーターが言葉では言い表せないほど嬉しかったこと、十二月に会えるのが待ちきれなくて今すぐにでも会いたいこと、スイスには一月の初めに帰国することが決まったこと、帰国前に夢にまでみたパイロットの免許を取得するために毎日夜遅くまで勉強していることなどが、癖のある字で綴ってあった。そして、その日の夜、思いもかけない人から電話がかかってきた。

「ハロー?」

 一瞬、誰だか分からなかった。

「どなたですか?」

 聞き返すと、

「カナ、僕だよ。ルイだよ!」

 弾んだ声が耳元に響いた。半年振りに聞くフランス語なまりのルイの英語。懐かしさがこみ上がる。

「ルイ! 元気? 今どこにいるの? どこからかけているの?」

 私は一気に聞きたいことを吐き出した。

「相変わらず元気にしているよ」

 ルイは笑ってこたえると、

「今、フランスにいて、オフィスからかけているんだ」

 と続けた。

 日本へ帰国して以来、何通かの手紙をルイは送ってくれた。どれもルイらしい元気になるような言葉で綴ってあり、アンドリューに会えなくて寂しくなっていたとき、どれほどその手紙に励まされたことか分からない。

「カナは? 元気?」

「元気よ。でも、ルイの声を聞いたらもっと元気になったわ」

 私が言うと、受話器の向こうでルイは声を出して笑いだした。

「何? どうかした?」

「いや、前に電話をかけたとき、お母さんとおもしろい会話をしてね。今、そのときのことを思い出したんだ」

 ルイは言ってまた笑った。

「あれはやっぱりルイだったのね。母もそんなような事は言っていたけど、不確かだったし、あなたの手紙にはそのことは書いてなかったから、今の今まで確信がもてなかったわ」

 私は言い、ルイは、ああ、僕も忘れていたよ、と軽やかに相づちをうつと、

「お母さんは元気?」

 と訊いた。

「ちょっと待ってね」

私は言って母に手招きをした。

「この前、電話をかけてくれたフランス人の友だちのルイよ。ハローって言ってあげて」

 母は受話器を耳にあてると恥ずかしそうに、ハロー、と小さくつぶやいた。

「お母さん、こんにちは。元気ですか?」

 ルイは母の声にこたえて言い、それからほんの少しの間、私は通訳をしながら二人の会話を取り持った。

「カナ、もうそろそろ切らないと……」

 外国人とは縁のない母がとても楽しそうに会話をしていたので、ルイに言われるまで私たちが国際電話――それも高額な――で話をしているということをすっかり忘れていた。

「そうよね。ごめんなさい。あ、でも、何か用があったんじゃないの?」

 私は慌てて訊いた。

「いや、ただカナの声が聞きたくなったんだ」

 弾むようにルイはこたえた。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

 私は言って微笑んだ。また時々かけるよ。ルイは最後にそう言って電話を切った。写真でしかルイを知らなかった母も、そのルイと直接会話が出来て嬉しそうに笑みを浮かべていた。母の中でルイの株が一気に上昇したのは言うまでもない。私はルイのような友人――色々あったけど――を持てたことを嬉しく思った。


ルイの電話から一ヵ月半後の十二月十一日、午後一時三分、私は九ヵ月ぶりに懐かしいサン・ディエゴの空港へ降り立った。

乾いた空気。青い空。眩いばかりに輝く太陽。体いっぱいに感じる冬のサン・ディエゴ。

「カナ!」

 目をやると、ゲート前で大きく手を振っているアンドリューがいた。

「アンドリュー!」

 名前を口にする前に私は走り出していた。

「お帰り、カナ」

 がっしりとした胸。暖かいぬくもり。私の大好きなコロンの香り。

「ただいま、アンドリュー」

 九ヶ月ぶりに(二人の存在を確かめ合うように)私たちはしっかりと抱きしめ合った。

「どれ、僕に二十歳になったカナを見せて」

 愛のこもった抱擁をたっぷりとしたあと、アンドリューは体を離して言った。

「うん。思った通りだ」

私は首をかしげてアンドリューを見つめた。

「前よりもずっと綺麗になったよ」

 アンドリューは私の髪を撫でて言うと、右手の薬指にはめてある銀の指輪をそっと外すし、四ヵ月遅れの誕生日おめでとう、と言って、左手の薬指にはめなおした。

「Dank schӧn:ありがとう」

 私は指輪を触りながら言った。

「ドイツ語を覚えてくれたんだね!」

 たった一言だけのドイツ語にひどく感激するアンドリュー。

「まだ『ありがとう』と『愛している』ぐらいしか分からないんだけどね」

 私は気恥ずかしくなり、舌を出して笑った。

「Ich liebe dich, Kana」

 アンドリューは柔らかい笑顔で私を抱きしめると、耳元で甘くささやいた。

「Ich liebe dich, Andrew」

 私は彼の胸に顔を埋めた。

九ヶ月前と同じアンドリューの感触。変わらぬ優しさ。変わらぬ微笑み。

 私はアンドリューのところへ戻ってきた。


 イザベルたちとの熱い抱擁で再会を交わした翌日から時差ボケを味わう暇もなく、私は毎日出歩いていた。九月の終わり、アンドリューにサン・ディエゴへ行く事を知らせたときから、彼は色々な計画を立ててくれていたからだ。それは決して私たち二人だけのために立てられた計画ではなく、事前にイザベルへ連絡を取り、彼女たちの意向も取り入れて立てられた計画だった。アンドリューらしい思慮深く優しい心づかい。

 私はそんなアンドリューを心から尊敬してやまなかった。

「今夜はカモンへ行くよ」

 グロスモント・カレッジへ入学を決めた私のためにキャンパスを隅々まで案内してくれた午後、家に戻る車の中でアンドリューは言った。

「なぜ?」

カモンの名を耳にするだけで幸恵さんたちとの苦い思い出がよみがえる。私の眉間にしわがよった。

「来月帰国する僕のために友だちが少し早めの送別会をしてくれることになったんだ」

「友だちって誰が来るの?」

 車窓に映る景色を追いながら訊いた。左前方にジャックマフィースタジアムが見える。

「ゴードンやユキエたちだよ」

 アンドリューは既成事実のようにあっさり言った。幸恵さんの名前に私の顔は一層歪む。彼女とはもう関わりたくなかった。

「私も行かなくちゃダメなの?」

 歪んだ顔を見られまいと横を向いた。すると、

「カナ、君も一緒に行くんだ」

 とやけにきつい口調でアンドリューはこたえた。

なぜ? 私は黙ったまま前を向いた。車はポデール通りを左に曲がる。家の前まで来るとイザベルの車がない。子供たちを迎えに行ったまままだ戻っていなかった。

「カナ、来年君がここの大学へ通うとき、僕はもうここにはいないんだよ。でも、ユキエたちはまだいる。何かあっても僕は守ってあげられないんだ。だから今夜は二人でユキエたちに会って、何があっても僕たちは大丈夫だっていうところを見せつけて、分からせてやらなくちゃ」

 アンドリューはエンジンを止めて私の手を握ると、分かるだろ、と続け、

「ゴードンたちだって一役買ってくれているんだよ」

 と、ウインクをなげた。

「だから安心して一緒に行こう、カナ」

 思慮深いアンドリューのことだ。きっと思惑があってのことなのだろう。

私はアンドリューの手を握り返して微笑むと、分かった、と、うなずいた。


 土曜日、イザベル一家とアンドリュー、私の六人でミッション・バレーセンターの中にある中華レストランで昼食をとった。

「アンドリューは本当に上手にお箸を使うわね」

 出来立ての――湯気が立っている――牛肉の炒め物を、上手に箸を使って食べているアンドリューにイザベルは羨ましそうに言うと、

「私たちメキシカンはこれなのよね」

 と、フォークを使ってご飯を口に入れた。

「僕は日本食を食べるようになってお箸が使えるようになったんですよ」

 ほらね、と言ってアンドリューは一粒の米を箸で摘まむと、得意げに笑って見せた。

 エスティやラネーレも真似をして摘まもうとするがなかなか出来ない。どれどれ、と、慎重に摘まんだ米をハビエルは床に落とす始末。箸の使い方に慣れていない人たちが箸を使うと、まるでピンセットかトングを持つような手つきで物をつかもうとする。私はみんなの動作に思わず可笑しくなり笑った。

「みんなそれじゃあ、食事をしているというより、何かを採集しているみたいよ」

ハビエルは自分たちの箸の持ち方をチェックすると、全くその通りだ、と、笑いだし、悔しそうにフォークに持ち替えると、やっぱりこれが一番か、と、慣れた手つきで運ばれてきた料理を綺麗に平らげた。

 昼食のあと、カナが来るまで待っていたのよ、と、クリスマス時期に出現する「もみの木直売所」――ダウンタウンにあるスポーツアリーナの駐車場――へイザベルは連れて行ってくれた。下は一メートルぐらいから上は三メートルぐらいまで。好みの高さのもみの木を選ぶことが出来る。私たちは順に見て回り、二メートルぐらいは優にある木を選んだ。ハビエルとアンドリューはそれを車の上に紐で括りつけ、家に着くとみんなでそれをリビングに置いた。ハビエルは暖炉に火をともし、イザベルはクリスマスミュージックをかけ、私たちはポップコーンを糸に通し、ツリーの周りに巻いた。最後に全員でたくさんのオーナメントをツリーに飾り、一、二の三で照明のスイッチを入れた。まさに家族総出のクリスマスツリー飾り。アンドリューも私も大いに楽しんだ。

夜はアンドリューが借りてきたビデオ――トップガン――をみんなで観た。

「五月にこの映画が封切りになったときからいつかカナと一緒に観たいと思っていたんだ」

 ソファーに深く腰を下ろして私の肩に腕を回すと、アンドリューは顔を近づけてささやいた。画面から放たれた光が私たちをにぶく照らし出す。

「どうして?」

「だって、僕たちが出会ったサン・ディエゴが舞台だからね」

 首をかしげた私にアンドリューはこたえ、そっと唇を重ねた。イザベルたちの前で恥じることもせず、堂々とした彼の行動に私は内心ドキドキだった。でも、ジュータンの上で肩を並べて座り、ポップコーンを食べながら画面に見入っていたイザベルたちの眼中には、私たちのことなど全く入っていなかった。


 十二月二十四日、クリスマスイヴ。

その日、私はイザベルたちが通う教会のイヴ礼拝に参加した。教会では子供たちがイエス・キリストの誕生劇をやり、聖歌隊がクリスマスキャロルを熱唱し、最後に牧師様の説教が始まった。

「神様はその独り子をお与えになったほどこの世を愛されました。それは独り子を信じる者が一人も滅ばず、永遠の命を得るためです。ですから神様が私たちを愛してくださっているように、私たちも互いに愛しあうのです」

 私の両親は若いころ、教会へ通ったことがあった。二人ともクリスチャンになることはなかったが、「自分を愛するように隣人を愛しなさい」という言葉にとても深い感銘を受けたと言っていた。そんなこともあってか、八歳の誕生日、母は私に「イエス・キリスト」という本をプレゼントしてくれた。そのとき、私は初めて神様を知った。毎晩寝る前には短いお祈りもしていた。見えないものを信じて祈るという行為(それが信仰というものだと教えられたが)はそれ以来、日課のようになり、事あるごとに色々なことを祈っていた。

 説教は三十分近く続いた。牧師様の説教は難しい単語ばかりであまり理解出来なかった。でも、愛について語っていたことは良く分かった。クリスマスは神様が無償の愛を私たちに与えてくださったことを賛美する日だと、語っていたことも良く理解出来た。説教を聞きながら心の中が暖かいもので満たされていくような、とても癒される思いを私は味わった。

 夜はイザベルの実家で兄弟姉妹全員そろってのクリスマスイヴ夕食会があった。でも、一緒にいてほしかったアンドリューは私の隣にいなかった。

 先週の火曜日、私を迎えに来たアンドリューに、あなたも夕食会へいらっしゃいね、と、イザベルは彼をイヴ夕食会へ招待した。でも、アンドリューは、せっかくのお誘いですが今回は遠慮させていただきます、と、丁重に断った。初めてのクリスマスを一緒に過せると思っていた私には、アンドリューの気持ちが理解出来なかった。

「ですからその日はカナをよろしくお願いします」

 アンドリューは言い添え、私に微笑んだ。

「そう。それは残念ね」

「本当にすみません」

「そんなことはいいのよ。それじゃあ良いイヴをね」

 私は二人の会話をただ聞いていることしか出来ずにいた。

「せっかくの食事会なのにどうして行かれないの」

走り出した車の中で私は少し苛立った口調でアンドリューに訊いた。でも、アンドリューはいたって冷静に、

「カナ、僕は行きたくなくて行かないと言ったわけではないんだよ」

 とこたえた。車はフリーウエイに入り、景色は一定の速度で流れていた。

「今回、カナは初めてイザベルたちの家族に会うんだよね?」

 私は短くうなずいた。

「初めて会う家族のところへいきなり僕が一緒に行き『カナの彼氏です』とみんなに言ったりしたら、カナの印象はあまりよくないんじゃないのかな? これからカナは数年間、イザベルのところでお世話になるんだよ。みんなには良い印象を持ってもらいたいからね」

 アンドリューは言って私の手を優しく握った。それから私の顔をのぞきこむと、

「僕の言おうとしていること、分かる?」

 と、優しく微笑んだ。

 あのときと同じだった。

アンドリューの送別会をカモンで開いたあの夜と同じだった。

 幸恵さんたちがカモンへ来ると分かっていても、アンドリューはあえて私をカモンへ連れて行った。

「お帰り、カナ! 久しぶりだね」

 店に入るや否や(幸恵さんの驚いた顔を尻目に)ゴードンたちは私をハグで歓迎してくれた。

「もう君がいなくなってから、毎晩のように君の話を聞かされてね。戻ってくれてホッとしたよ。今晩からはやっとぐっすり眠れるよ」

「で、今度はカナがこっちの大学へ通うんだってね。何かあったらアンドリューの代わりに僕たちが助けてあげるから、安心して戻っておいで」

 ゴードンたちは両腕を広げて肩をすくめたり、しかめ面をして首を横に振ったり、手を叩いて喜んでみたりと、大袈裟なジェスチャーをしながら私に言うと、パーティの間中ずっと(まるで幸恵さんから守ってくれているように)私の横で優しく接してくれていた。

――ゴードンたちだって一役買ってくれているんだよ

アンドリューが言っていたように、一役買ってくれていた彼らの演技は、幸恵さんに口を開かせる隙を与えなかった。

アンドリューが帰国したあとでも安心して過せるように、アンドリューは私のためにきちんと足掛かりを作ってくれていた。

あのときと同じように、アンドリューはイザベルたち両家族に私がちゃんと溶け込め、受け入れてもらえるように、十二分の配慮で招待を断ったのだ。

非の打ち所のないアンドリューの深い思いに私はただただ敬服するばかりだった。

 夕食会は、それは賑やかだった。

 クリスマスツリーにクリスマスキャロル。クリスマスのご馳走に数々の贈り物。たくさんの抱擁にたくさんの笑顔。

 日本では味わうことの出来ない家族の愛に溢れたクリスマスイヴ。それを肌で実感した。みんなの幸せに満ちた笑顔を見ているだけで、私までも幸せな気持ちになれた。

 でも……。

 私は溶け込めているのかしら? 受け入れてくれているのかしら?

 アンドリューのぬくもりが無性に恋しくなった。

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