第10話 警察署のナカムラ

(9)警察署のナカムラ


武が事件の内容を紙に書き終わったころ、母親が父の武夫(たけお)が帰ってきたことを知らせてきた。


父の武夫は帰ってくるなり、母の幸子に食卓に座るように言われて少し戸惑っている。

手持ちぶさたな武夫は幸子に「ビール」と言って酒を要求したが、一向に食卓にビールが出てくる気配はない。酔っぱらって警察署に行くわけにいかないから、ビールは警察署から戻ってくるまでお預けだ。


武夫が食卓に座っていると、幸子が真剣な顔で話し始めた。幸子の隣には武が座っている。


「実は武が事件に巻き込まれたらしくて、あなたと一緒に警察署に行ってほしいの。」


「どういうこと?事件って?」と武夫は驚いて妻の幸子に聞いた。


「武の友達の遠藤主税くんの家が放火されて、主税くんが死んだらしいの。」

そう言うと、幸子は武夫に事件の概要を説明し始めた。



幸子の聞き終わった武夫は「推理小説みたいだな。」と言った。


「そう思うでしょ。私も信じられなくて何度も武に確認したの。」と幸子は言った。


父親の反応は予想通りだ。急に殺人事件に巻き込まれたなんて話を信じろ、という方が難しい。

武は父の武夫に理解してもらうために母の話を補足した。


「僕は犯人が誰かは分からないけど、強盗のことを警察に知らせておくべきだと思うんだ。警察は焼死体の後頭部に火かき棒で殴られた跡を確認すれば、僕の話が正しいかどうかを判断できると思う。」


「事故かもしれないし、事件かもしれないか・・・」と武夫は言った。


「そうだね。主税が強盗の死体を暖炉で焼こうとして、誤って火が移って死んだのかもしれない。誰かが主税を殺害して、強盗の死体もろとも燃やしたかもしれない。」


「だな。推理するのは勝手だけど、捜査するのは警察の仕事か・・・」


「警察の捜査で重要なのは、放火の前に強盗の死体が部屋にあった事実だよ。警察は2つの死体は同じ事件だと思っているからね。だから、僕は早く警察に知らせたいんだ。」


「分かった。じゃあ、警察に行くか。」

武夫は武の話に納得した。


***


武と武夫の2人は団地から5分ほど歩いて警察署に到着した。武は警察署までの道中に犯人に襲われることを恐れていたが、幸いにも何もなかった。



武は警察署の受付で猫が言った『ナカムラ』のことを聞くことにした。

学校に来た加藤と羽賀を訪問するのが筋なのだろうが、あの2人よりも猫の言っていた『ナカムラ』の方が信用できるかもしれない。


武が警察署の受付で「この警察署にナカムラという人はいますか?」と聞くと、中にいた警察官は「ここにナカムラという名前の警察官はいないね。」と言った。


ナカムラは警察署にいない?


想定外の回答が返ってきた。猫の情報は嘘だったのか?


それとも、ナカムラは警察官ではない?


ナカムラにたどり着くのに時間が掛かりそうだったので、父の武夫が「それなら加藤と羽賀という警察官はいますか?」と聞き直した。


「それなら、2階の捜査1課にいるよ。」とその警察官は返してくれた。


担任の吾妻が2人のことを『刑事』と言っていたが、間違っていなかったようだ。

武は交番勤務の頼りない2人だと思っていたのだが、どうやら捜査1課の刑事らしい。


武は父の武夫と2階の捜査1課に行くと、昼間に会った加藤と羽賀がいた。

服装は2人ともジャージだ。制服は着ていない。

小学校に行くから恰好を付けて制服を着ていたのだろうか?


部屋に入ると父の武夫が2人に挨拶した。


「恐れ入ります。今日の昼、学校でお会いした山田武の父です。私自身は米沢市立第一高校で社会科を教えています。」


「ああ、山田くんのお父さんですか。何のご用でしょうか?」と加藤が武夫に言った。


加藤はクレームだと思ったのだろうか、少し緊張しているように見える。

警察官への苦情は多いから大変な仕事だ。


「実は、息子が言えなかったことがあったので、警察署に伺いました。」


「事件に関する情報ということですか?」


「そうです。遠藤主税くんの家から焼死体が2つ出てきた件です。息子が言うには、そのうちの1つは強盗の死体のようなのです。」


そういうと、武夫は加藤と羽賀に事件の内容を話し始めた。



一通り話を聞いた後、加藤は武夫に言った。


「へー。そうすると、焼死体の1つは、もともと死んでいたのか・・・。」


「放火の前に死んでいたかどうか分からないけど、焼死体の1つは後頭部に火かき棒が刺さった強盗だと思います。」と武は客観的な事実を補足した。


「犯人は主税くんと誰かを殺害したわけじゃなくて、主税くんを殺害した後に、強盗の死体もろとも暖炉で燃やした、ということか。」と加藤は言った。


「あるいは、主税が強盗の死体を燃やそうとして、誤って火が引火したかもしれません。」と武は言った。


「事件か事故かは分からないか・・・。でも、現場にもともと死体があったのは捜査に重要な情報だよ。知らせてくれてありがとう。」と加藤は武に言った。


「小学生の言うことなので怪しまれるかもしれません。犯人の後頭部を確認すれば、正しい情報かどうかを判断できると思います。」と武夫は加藤に補足した。


「分かりました。ここからは警察が調査します。ご協力ありがとうございました。」と加藤は武夫に礼を言った。


やっと事件の内容を警察に伝えることができた。

後は事件の解決まで極力目立たずに過ごすだけだ。


武が警察署の受付前を通ると、入り口の前に黒い猫がいた。


もしかしてと思った武は「ナカムラ?」と小声で猫に聞いた。

すると、黒い猫は「そうだ。お前が武か?」と言った。


ナカムラは猫だった。

名前が紛らわしかったけど、ナカムラは猫。

ただ、それだけだ。

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