第11話 ムスリム猫

(10)ムスリム猫


武は父の武夫に「トイレに行ってくる」と言って、人気のない場所に移動した。

ナカムラと話をする必要があるのだが、猫と話をしているのは誰にも見られてはいけない。

ナカムラが武の方に歩いてきているのを確認してから、武はナカムラに話しかけた。


「白い猫から『ナカムラに会え』って言われたんだけどさ。」


「白い猫?ああ、ムハンマドのことか。」とナカムラは言った。


「ムハンマド?あいつ、そんな名前だったんだ。」


「知らなかったのか?イスラムの預言者の名前だ。ムスリムの間では一般的だから、一家に何人かはムハンマドがいる。」


※ムスリムとは、イスラム(イスラーム)教徒のことです。


「あいつムスリムだったのか。ということは、豚肉食べれないのか?」と武はナカムラに聞いた。


「ああ。食べない。ハラールがあるからな。武はハラール知ってるか?」


※ハラール(ハラル)とは、イスラム法上で行って良い事や食べることが許されている食材や料理を指します。


「知ってるよ。ムスリムが食べていいものだろ。ムスリムが日本で暮らしていくのは大変だよな。」


「そうだな。大変だと思う。ちなみに、ムハンマドは正確にはムスリムじゃない。だけど、ムスリムの家族と長い間一緒に暮らしていたから、ハラールが習慣になっているらしい。」


「へー。そういえば、ムスリムは日本の調味料を使うのが難しい、って聞いたことがある。」


「らしいな。日本食は調味料に調理酒、味噌とかミリンとか使うからな。日本でアルコール成分が入っている食べ物を避けていると、食べるものがなくなる。あいつはいつも食べ物がハラール(許されている)かどうかをチェックしている。変な猫だろ?」


「そうだね。ムスリムじゃないんだったら食べたらいいのに。豚肉が食べれないなんて、幸せの何割か損してる。」


「豚肉は美味しい。でも、ムハンマドは豚肉が食べないな。ムスリムと暮らしていた時に『豚肉はウ●コ』だと教えられたらしい。」


「他の猫が豚肉を食べてるのは気にならないのかな?」と武はナカムラに聞いた。


「それは大丈夫だ。豚肉は匂いがキツイわけじゃないし、気にならないらしい。そういえば、豚肉が『無臭の白いウ●コ』に見える、ってムハンマドは言ってた。」とナカムラは笑いながら言った。


※汚い表現ですが、筆者の知人(ムスリム)がこのような表現を使っていました。


「へー、白いウ●コか。面白い表現だな。」


「そう思うだろ。」ナカムラはまだ笑っている。


「臭くないし汚くないから触るのはオッケーだ。けど、ウ●コは食べないな。」武は正直な感想を言った。


「ウ●コは食べないな」ナカムラも同意する。


「そう言えば、学校で『“カレー味のウ●コ”と“ウ●コ味のカレー”のどっちを食べる?』って質問が流行ってた。みんな“ウ●コ味のカレー”って言ってたな。」


「“カレー味のウ●コ”は食べないな」ナカムラも同意する。


「戦後で食べる物少ないのに、大変だよな。」と武は言った。


「ムハンマドは俺たちにハラム(イスラム教で許可されていないもの)な食品をくれる。その代わりに、俺たちはハラール(イスラム教で許可されているもの)な食品をムハンマドにあげるんだ。」とナカムラはムハンマドの食料事情を説明した。


「持ちつ持たれつだな。日本に住んでるムスリムは少ないよね。ムスリムと暮らしてたってことは、ムハンマドは外国から来たのか?」武はナカムラに聞いた。


「そうだよ。アフリカ系アメリカ人の家で暮らしていたらしい。アフリカは北部がイスラム教、南部がキリスト教だろ。エジプトとか北部の国出身の家族だったんだろうな。」とナカムラは答えた。

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