第9話 米沢の牛
(8)米沢の牛
武が机で事件の内容を書いていると、窓の外から猫の声が聞こえた。
姿は見えないがきっと例の白い猫だ。自分の都合で武のところにやってくる。
武が窓の方を向いて「お前か?」と小さく言うと、窓の向こうから「やっと警察に行く気になったか。」と猫語が聞こえてきた。
「まあね。僕はまだ死にたくないから。」
「懸命な判断だ。よく決断したな。偉いぞ!」
武は猫に褒められた。悪くない気分だ。
少しでも生存確率を上げるために、武は猫から情報を聞き出そうと話しかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」と猫はぶっきらぼうに返す。
「犯人は誰なんだよ?そろそろ教えてくれてもいいじゃないか!」
思わず声が大きくなってしまった。
「嫌だね。お前に教えても俺にメリットがない。」
武の足元を見ている。生意気な猫だ。
「メリットか・・・。何が望みだ?」武は猫に聞いた。
「うーん。そうだな。」
猫はしばらく考えてから言った。
「米沢牛!」と猫は武に要求した。
※米沢牛は、山形県米沢市がある置賜地方3市5町で肥育された黒毛和牛が、一定の基準を満たした場合に呼称される銘柄牛肉である。
出所: Wikipedia
「今日の晩御飯はカレーだから、家に米沢牛あると思う。」
「お前の家は、カレーに米沢牛使うのか?お前の家は貴族か?」と猫は言った。
「うちの父親は社会科の先生だ。貴族の家じゃない。」
「じゃあ、なんで米沢牛をカレーに入れるんだ?カレーに米沢牛は貴族特権だぞ。」
米沢市在住の武には、猫の言った『米沢牛』の定義が曖昧だ。
何か勘違いをしているのだろうか?
「なんで、って言われてもさ。うちのカレーは牛肉が入ってる。」と武は答えた。
「ははーん。一応確認するけど、お前の言った米沢牛って、米沢市のスーパーで売ってる牛肉のことか?」
「そうだ。他に米沢牛があるのか?」武は猫に聞いた。
「米沢牛は高級品だから、近所のスーパーで買えるかな?普通は肉屋で買うだろうな。」
「肉屋か・・」
「高級品だから『米沢牛』ってのぼりが肉屋に立ってるだろ。」と猫は言った。
「へー。米沢市の牛肉は全部米沢牛だと思ってた。僕は食べたことあるのかな?」
「お前なー。米沢牛なめんなよ!」と猫は声を荒げる。
「小学生の知識はそんなもんだ。」
「ところで、米沢牛は何色か知ってるか?」と猫は武に質問した。
武は社会科見学で訪れた牛舎を思い浮かべた。頭に浮かんできたのは白と黒の牛だった。
武が飲む牛乳のパッケージにも載っている。
「白と黒のまだら模様だろ?」と武は言った。
「それホルスタイン!乳牛だよ。食べねーよ。」
※食肉用として飼育されるホルスタインもいるようです。
「じゃあ、何色なんだよ?」武はイライラしながら聞いた。
「黒。黒毛和牛っていうんだ。黒い牛を見たことあるか?」
「黒い牛か。どうだろう?覚えてないな。」と武は正直に答えた。
「そうだろうな。お前が米沢市に住んでいても米沢牛を見ることはない。米沢牛と知られたら盗まれるから、畜産農家は牛舎の奥深くに米沢牛を隠してるんだ。人の目に付かないように。」
「へー。牛舎の奥深くか。迷宮みたいだな。」
「まさに迷宮だ。知らない奴が入ったら出て来られない。」
「そんなに危険だったら、これからは牛舎に近づかない方がいいな。それにしても、米沢牛を育てるのに金かかるんだな。」
「そりゃそうだよ。エサはヤバいのを使ってるし、盗まれないように軍人崩れを雇って警備してる。もしお前が忍び込んだら、銃で撃ち殺されるぞ!気をつけろ。」猫は武に念押しした。
「分かったよ。気を付けるよ。それで、山田家のカレーは米沢牛じゃないんだな?」
「もちろん。カレーに米沢牛使うのは大金持ちだけだ。」
「主税の家は金持ちだったけど、カレーに米沢牛入れてたのかな?」
「それはないね。カレーに米沢牛使う金持ちはレベルが違う。日本だったら、そうだな・・・、岩崎家は知ってるか?」
「岩崎弥太郎の?」
※岩崎弥太郎は、三菱財閥の創設者です。
「そうだ。カレーに米沢牛ができるのは、岩崎弥太郎クラスの金持ちだ。」と猫は言った。
「主税の家でもカレーに米沢牛は無理か・・・。」
「そりゃ無理だ。カレーに米沢牛は普通の金持ちには。」
「じゃあ、僕みたいな普通の家は、米沢牛をいつ食べるんだ?」
「お前、高熱で死にかけた時あったか?」
「2年前に熱が42度でて死にかけた、って母さんから聞いた。」
「その時、何か珍しい食べ物食べなかったか?」
「メロンを食べさせてもらった。はじめて食べたけど、美味しかったな。」
※メロンは貴重品でした。
「お前が死ぬ前に、一度は高級品を食べさせてやろうとしたんだ。いい母ちゃんじゃねえか。」
「そうだね。」
「でもな、メロンは喉がイガイガするからもう止めとけ。母ちゃんには『次に死にかけたら米沢牛が食べたい!』って言っといた方がいい。」と猫は武に言った。
「そんなに貴重なんだ。米沢牛はメロンと同じレベルなのかー。知らなかったな。」
「死にかけなくても、記念日に食べる家もある。」
「そうなのか。じゃあ、今日は誰の誕生日でもないから山田家には米沢牛がないね。」
「あっそう。じゃあ犯人は教えない。」と猫は言った。
「そう言わずに、今度用意するから教えてくれよ。」
「嫌だね。そんな口約束を信じるほどアホじゃない。犯人の名前は米沢牛と交換だ。」
「じゃあ、何かヒントくれよ」と武は猫に頼んだ。
猫は少し考えてから武に言った。
「そうだな。一つ教えてやろう。警察署に着いたらナカムラを探せ。じゃあな!」
そう言うと猫はどこかに去っていった。
ナカムラって誰だよ?
あいつのヒントはイマイチなんだよな・・・
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