第4話 猫語
(3)猫語
学校から家に帰る途中、武が畑のあぜ道に入るとあの白い猫がやってきた。
周りに誰かいなくて良かった。猫と話しているのを見られたら、頭のおかしな奴だと思われてしまう。田舎の噂話の拡散スピードは恐ろしい。武が猫と話しているのを見られたら、翌日には町中から頭のおかしい奴だと思われるに違いない。
「だから言っただろ」と白い猫はドヤ顔で言った。
「何がだよ?」と武はとぼけたものの、何の件かは理解している。
白い猫は親切に武の問いかけに答えた。
「だーかーらー、警察に相談しろって言っただろ。」
「そんなこと聞いてねーよ。誰に言ったんだ?昭か?聡か?」と武は猫に聞いた。
「おまえはアホか?人が猫と話せるわけないだろ。お前が聞いてなかっただけだ。」
そりゃそうだ。猫と話せる人間なんて聞いたことがない。
武は猫と話せるが、なぜ猫と話せるのかは知らない。
「じゃあ、なんで僕はお前の言葉が分かるんだ?」
「前世が猫だったんじゃないか?」と白い猫は無責任に言った。
「本当か?」
「そんなわけねーだろ。この世の中に、前世なんて無い。昔の宗教家が創った設定だ。前世がある方が、物語に幅が出て良かったんだろうな。」
「じゃあ、あの世も無いのか?」武は猫に聞く。
「無いね。生物が死んだら無になるだけだ。」
「じゃあ、なんで僕は猫の言葉が分かるんだ?」
「俺が知ってるわけないだろ。俺たち猫は人間の言葉を理解している。でも、猫の言葉を理解できる人間はごく僅かだ。お前は理解できるようだが。」
「前世が猫じゃなくても?」
「だから、前世なんて無いって言っただろ。そうだ、俺の仮説を教えてやろう。聞きたいか?」
「いい。長そうだから。」と武は言った。
「そう言わずに、聞けよ。最後まで聞いたら、お前の他に猫と話せる奴を教えてやるからさ。」と白い猫は言った。どうしても話したいようだ。
「分かったよ。」武はしぶしぶ猫の話を聞くことを了承した。
「まず、お前は日本語話せるよな。英語は話せるか?」
「話せない。」
「なんで話せないか分かるか?」
「分からない。」
「ちゃんと英語を聞いたことないからだ。お前は日本語を話せるようになるのに、誰かに習ったか?学校で国語を習うのとは別だぞ。」
「習ってないと思う。」
「そうだ。お前は日本語を習ってないけど話せる。ちゃんと日本語を聞いていたからだ。生まれてから1~2年間、お前は何も話せなかったけど、ずっと周りの人間の話す日本語を聞いていた。そして日本語の意味を理解したんだ。お前が日本語を話せるようになったのは、周りの人間が話す日本語を聞いて真似したからだ。」
「へー。じゃあさ、英語をずっと聞いてたら話せるようになるの?」
「なるよ。英語習得にかかる時間は2,200時間って言われているから、1日10時間英語を聞いてれば220日で習得できる。」
「外国人の家に住めってこと?」
「お前頭いいな!ホームステイすればいいじゃん。」
「そうかな?」
「そうだよ。ついでに言うと、言語の習得は子供の頃がいい。子供の頃は、脳神経が言語の情報を吸収しやすいんだ。大人になると他の言語の情報は必要ないと脳が判断するから、習得するのに時間が掛かる。まあ言ってみれば、人間の生存のための能力の一部だな。」
「へー。お前、猫なのに物知りだな。」と武は思わず白い猫に言った。
その瞬間、武は猫の言葉から英語にすり替わっていることに気が付いた。
どうやら猫のペースにはまってしまったようだ。
「それで、英語習得と猫の言葉と何の関係があるんだ?」武は猫の言葉に話を戻した。
「ああ、つい話し込んでしまった。猫の言葉も英語習得と同じロジックだ。要は、猫の言葉も習得するのに一定の時間が必要で、毎日聞いてれば話せるようになるんだ。」
「じゃあ、僕は2,200時間も猫の言葉を聞き続けたってこと?」
「そういうことだな。お前は日常的に猫の声を聞いてないか?」
「猫の声か。僕の家は猫飼ってないし・・・。そう言えば、天井裏でよく猫が夜中に喧嘩している声を聞くかな。」
「それじゃないか?お前、睡眠学習してたんだよ。毎日、毎日、天井裏の猫の声を寝ている間に聞いてたんだ。」
「それで僕は猫の言葉が分かるようになった。」
「俺の仮説によれば!」白い猫は自慢げに言った。
「これでお前の仮説は終わりだな。じゃあ、誰が猫語を話せるか教えてくれよ。」
「この町には2人いる。タバコ屋さんのおばさんとパン屋のおじさんだ。」
「へー、あの2人話せるんだ。今度聞いてみよう。」
「それとな、もう一つ教えてやるよ。主税が死んだのは、同級生の一人が家に火を付けたからだ。気をつけろよ!」
そういうと白い猫はどこかへ消えた。
知ってるんだったら、誰が犯人か教えろよ・・・。
それにしても、猫と話し込んでしまったようだ。
辺りが暗くなってきたので、武は団地に向かって走り出した。
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