第3話 職員室の容疑者

(2)職員室の容疑者


次の日、武が小学校に行くと、校門のところで担任の吾妻(あずま)から「放課後に職員室に来るように」と言われた。吾妻は今年から武の通う小学校で教えることになった新任の女性教諭だ。主税の家で起こった事件のことだろうか?


武が教室に向かう廊下で聡に会った。「職員室に呼ばれた?」と聡に聞いたら、「全員呼ばれてる」と答えた。

念のために武が「誰か喋った?」と聞いたのだが、聡は「誰も喋っていない」と言った。

状況が分からないので、下手に動くのは避けた方がいいと武は思った。


その日の授業は普段と同じだった。

吾妻が授業中に事件の事を何も言わなかったから、昨日の件は大事ではなかったのかもしれない。


放課後、武は他の同級生と職員室に行った。小学生には魅力的ではない空間だ。それに、室内はタバコの煙が充満しているから服が臭くなりそうだ。


担任の吾妻は武たちを見つけると、なぜ呼ばれたかを説明した。


「昨日、同じクラスの遠藤主税くんの家で火事がありました。」


「え?」と同級生の堤博(つつみ ひろし)が言った。


武も声には出さなかったが博と同じ反応だった。

強盗の件じゃないのか?火事って何だよ?


吾妻は驚いた表情の小学生に状況を説明する。

「昨日、主税くんの家にこの5人が居たと警察から聞きました。その件で、刑事さんが事情を聞きたいと来ています。」と吾妻は言うと5人の小学生に警察官2名を紹介した。


そう言うと吾妻は、5人の小学生を隣の部屋へ連れて行った。部屋の中には制服を着た若い警察官が2人いる。制服を着ているから、刑事じゃなくて交番勤務の警察官だろう、と武は思った。


背の高い警察官の方が、武たちに椅子に座るように勧め、話始めた。


「自分は米沢警察署の加藤です。一緒に来ているのは部下の羽賀です。」と言って加藤は自己紹介をした。


同級生の安部茂(あべ しげる)が「そう言えば、主税はどこ?」と加藤に聞いた。


武も主税が職員室にいないのは不思議に思っていた。

そういえば今日は主税に会っていないような気がする。ひょっとして学校を休んでいたのだろうか?


小学生の疑問に答えるために、加藤は口を開いた。


「吾妻先生から、遠藤主税くんの家で火事があったことを聞いたと思うのだけど・・・。実は、遠藤主税くんもその時の火災に巻き込まれて亡くなったんだ。」と加藤は衝撃の事実を口にした。


「主税が死んだ?」と大声を出したのは聡だ。


『強盗が死んだ』と言われれば信じるが、『主税が死んだ』のは信じがたい。


主税の家が火事?

主税が死んだ?

じゃあ、強盗はどうなった?


「死んだの。」と吾妻は事務的な口調で言った。感情を込めると平静を保てないからかもしれない。


「なんで?」と茂は言った。


「だから、昨日の火事で・・・。」と吾妻は言ったまま言葉に詰まった。

感極まってしまったのだろう。見かねた警察官の加藤は代わりに答えた。


「放火だったらしい。主税くんの家には暖炉があったのだけど、犯人は暖炉の火に灯油をぶちまけたようだ。」と加藤は言った。


昭が強盗を殴った火かき棒が置いてあった暖炉だ。武もよく覚えている。

武の記憶によれば、あの時は暖炉に火は付いていなかったはずだ。

放火犯は暖炉に灯油を撒いてから火を付けたのだろうか?

武が昨日の状況を思い出していると、博も同じ疑問を持ったようだ。


「あー、あの暖炉。俺たちがいた時は火が付いてなかったんじゃないかな?」と博は言った。


「それは本当か?じゃあ、犯人は家に侵入した後、わざわざ暖炉に火を付けて、灯油を撒いたのか・・」と加藤は言った。


『手順が逆だ』と武は思った。直ぐに火を付けるために灯油を撒いたと考えるのが普通だ。

加藤はアホなのか?

それとも、小学生を油断させようとしているのだろうか?


それと、加藤は強盗のことを一言も言っていない。

強盗が来たことを知らないのか?


強盗のことを知らない方が、武たちには都合がいい。

わざわざ余計なことを言う必要はない、と武は思った。


「僕たちが帰るとき、家には主税が一人でした。放火の被害者は主税だけですか?それとも家族も巻き込まれたのでしょうか?」と昭が加藤に聞いた。


強盗を凶器で殴った張本人だから、気になるのだろう。

でも、友人よりも友人の家族を心配している発言は、警察に変だと思われないだろうか?

軽はずみな発言は避けた方がいいと武は思った。


「捜査中だから本当は言っちゃダメなんだけど・・・」と言って加藤は小学生の質問に答えようとしている。


「被害者は2人。主税くんと誰かだ。出火時に母親は買い物中で家にいなかったし、父親は仕事中だった。家には主税くんしかいなかったはずだ。でも、死体は2人分ある。」と加藤は言った。


「家族は無事だったんだ。良かったー。」と昭は白々しく言った。


『良かった、じゃねーよ』と武は思った。友達が死んでいるのに、友達の家族を心配する奴なんていないだろう。警察官が鋭かったら、疑われてもおかしくない。


武が加藤と羽賀の表情を伺うと、2人は担任の吾妻の方ばかり見ている。

若い女性の先生だから、気になるのだろう。

一方、小学生の不審な言動には興味がなさそうだ。

学校に来た警察官がこの2人で良かった、と武は心底思った。


「じゃあ、もう一つの死体は放火犯かな?」と聡が言った。


「自分で火を付けて巻き込まれるバカがいるか?」と茂が突っ込む。


すると、昭が嫌な顔をした。

昭はバカな放火犯が自爆したと警察に思わせたいはずだ。


「でもさ、バカな奴って多いじゃん。灯油撒くときに自分の服にかかって、火が付いたんじゃないかな?」と昭は言った。


警察官の加藤は子供の会話を微笑ましく聞いている。吾妻に子供好きをアピールしたいだけだろうけど。


しばらく昭と茂が『放火犯はバカなのか?バカじゃないのか?』という議論をしていると、加藤が子供たちへの質問を思い出した。


「ちょっといいかな。主税くんの家から帰ったのは何時だった?」と加藤は言った。


すると小学生の頭には強盗が来たときに放送されていたアニメが思い浮かんだ。


「6時くらいだったと思う。『もぐらのアバンチュール』が5時50分までやっていて、それが終わったから帰った。」と聡は加藤の質問に答えた。


具体的な番組名を入れた良い回答だ。信憑性がぐっと上がったはずだ、と武は思った。


「それと、家に帰る途中、怪しい人を見なかったかな?」と加藤は言った。


「見てないよ。」と5人は声をそろえて言った。


怪しい人を見なかったが、怪しい猫は見た。武が警察官に言っても信じないだろうが。


子供たちが加藤の質問に答えると、警察官2名は「どうもありがとう」と言った。


武たちへのヒアリングはこれで終わったようだ。

警察官は小学生から聞いても何も解決しないと思っているから、あくまで形式的にヒアリングをした事実を調書に残しておきたいのだろう。


それにしても、警察は捜査を真剣にしているとは思えない。

それとも小学生たちを泳がせるために、芝居をしているのだろうか?


放火犯が自爆して死ぬわけない。武たちを疑っているわけではないのか?

警察は強盗が入ったことを知らないのだろうか?


武にとって主税が死んだことはショッキングな出来事だった。

でも、もっとショックだったのは、主税の家が燃えてテレビを見られなくなったことだ。

テレビがある家の同級生と仲良くならないといけない。


学校帰りに遊んで帰る気分ではなかったから、武は家に直帰することにした。

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