第4話『最強線に乗って首都へ』

パペッティア    


004『最強線に乗って首都へ』晋三 





 ああ、腹減ったあ……



 ポツリと呟いた一言は、やっぱりたくましいんだろうけど、なんだかカックンだ。


 新埼玉に着くと、乗り継ぎの発車刻表を一睨みする夏子。


「よし、余裕だ!」


 ホームの階段を二段飛ばしで降りると、駅構内のファストフードに駆け込んだ。


「特盛一つ! つゆだくで! お茶じゃなくてお水!」


 出てきた牛丼に紅ショウガと七味をドッチャリかけると、100人いたら一番の可愛さをかなぐり捨ててかっ込み始めた。


「ゲフ……お代置いときますね!」


 グラスの水をグビグビ飲み干すと、夏子は首都方面行きのホームに駆けあがっていった。


 首都は、あの大戦の後に『新東京』としてつくられたが、あくまで日本の首都は東京であるという声が多く寄せられ、あくまで便宜上の仮のものであるという気持ちで、普通名詞の―― 首都 ――で呼ばれている。



 新埼玉から首都へはノンストップだ。



 首都は再攻撃にさらされるリスクを冒しながら廃都東京の近くに作られた。東京は江戸の昔からの霊力が宿っている。そのことから、その霊力を少しでも受信できるようにと作られたんだ。


 ただ、その霊力はヨミとの戦いにおいてのみ有効で……あ、ヨミって云うのは、理不尽戦争を仕掛けてきた相手なんだけど、正体は分かっていない。


 分かっていないから、当初は『エネミー』とか『ゴースト』とか『暗黒面』とか色々呼ばれたけど、いつのまにか『ヨミ』という呼び方が定着した。そのことは、またいずれ。


 霊力の実態もヨミ同様、完全には解明されてないんだけど、霊力をコアにした兵器だけがヨミに有効な攻撃を加えられる。その霊力を採集し濃縮させるのに最適なのが首都なんだ。


 だから、首都の建設のみが突出していて、それ以外の街は発展どころか、ろくに復旧に取り掛かれていない。


 住んでいた街もひどいありさまだけど、まだなんとか元の姿を偲べる。攻撃の痕は別として山や川、大きな道路などは、八割がたそのままに残っている。


 しかし、新埼玉から首都にかけての風景は凄まじい。


 浦和を過ぎると巨大な川口湾。川口市があったところはヨミの攻撃で地殻変動が起こり、沈降したところに荒川水系の水がなだれ込んで川口湖になった。河口湖と音が同じなので、一時は戦意高揚のため新名称が公募されたりしたが、さらなる攻撃のため海と繋がって自然に川口湾と呼ばれて定着してしまった。


 逆に赤羽のあたりは、鬱血したようにマグマが溜まって、標高600メートルの赤羽山ができてしまった。富士山を1/6に縮めたような姿は、赤羽富士という名前で世界的に有名になりつつある。


 首都と首都に置かれた特務旅団のエネルギーは、この赤羽富士の地熱によって賄われ、当面の噴火の恐れはないという話だ。


 自然物である大地がこんなありさまだから、人間が作った人工物などは、溶鉱炉に放り込まれたスクラップ同然で、ほとんど跡形もない。


 走っている路線は埼京線。


 一時は首都圏放棄も噂されたが、家康以来、江戸の後背地。明治からこの方は帝都東京を擁し、世界に冠たる首都圏を形成した誇りと心意気を示そうと、首都のそれには及ばないが復旧の最中だ。


 埼京線は、首都圏民の意地を反映して、ほとんど元のルートを通っている。


 令和の昔まで、埼京線というのは、品川から大宮までの運転系統をまとめた俗称だったが、理不尽戦争終結後は、正式路線名になっている。


 あらゆるものが、戦争の為に変貌を遂げざるを得ない中で、元の姿と名前を守っているところから、こう呼ばれることもある。


 最強線


 意地っ張りの洒落のようで、センスがいいとは思わないけど、首都圏民の大方は好きだ。むろん俺もな。


 

 首都駅の改札を出ると、スッと寄り添ってくる人がいた。


「舵夏子さんね……こちらを見なくてもいいわ、このままロータリーの車に乗ってちょうだい」


 夏子はホッとした。


 迎えの人間についてはパルスIDのパターンしか教えられていなかったので、きちんと分かるかどうか不安だったのだ。間違いない、この女性は特務旅団の高安みなみ大尉の正規のパルスIDを発している。


 二人は、ロータリーの端に停めてあったRV車に乗り込んだ。



 高安みなみ大尉は親父の片腕だ。



 外見はお茶っぴーなオネエサンだけど、陸軍特務旅団のエリートだ。


 なにごとも明るく前向きに取り組み、この人と組んでいたらきっと上手くいくと思わせるオーラがある。


 一を聞けば十を知るというような聡明さが本性だというのは俺が仏壇の住人だからだろうか。


 特務の大尉でありながら、ほとんど軍服を着ることも無く、いつも足腰の軽い女子大生のようなナリをしている。


 そんなみなみ大尉は呼吸をするようにお喋りをする……という触れ込み。


 でも、ハンドルを握るみなみ大尉は寡黙だ……。


 夏子が来ることは機密事項にはなるんだろうけど、ちょっと寡黙すぎやしないか?


 え…………みなみ大尉はまばたきをしてないんじゃないか?


 俺はみなみ大尉の鼓動に注目した。


 安定している…………しすぎている。対向車線をはみ出した同型のRVが衝突ギリギリですれ違っても毛ほどの変化もない。



 アクト地雷だ!



 気づいた瞬間、俺を胸ポケットに入れた夏子は車外にテレポートした!


 え!?


 まりあは歩道に尻餅をついて、たった今まで乗っていたRVが走り去っていくのを見送っている。


 ドッゴオオオオオオオオオオオン!!


 そのRVは百メートルほど走ったところで大爆発した。一秒でも遅れたら夏子の命は無かっただろう。



☆彡 主な登場人物


舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。

舵  晋三       夏子の兄

井上 幸子       夏子のバイトともだち


   

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