第2話『そんな妹は俺より一つ年上だ』

パペッティア    


002『そんな妹は俺より一つ年上だ』晋三 





 妹は俺より一歳年上だ。


 名前は舵夏子、都立神楽坂高校の二年生。



 兄である俺が言うのもなんだけど、可愛い奴だ。


 そこらへんで女子高生を百人ほど集めたら一番か二番に入るくらいの可愛さだ。


 百人と言うところがミソだ。この程度の可愛さなら学年で二三人、全校生なら五六人は居る。


 昔の渋谷や原宿を歩いていたら掃いて捨てるほど……ではないけど、五分も突っ立っていればお目にかかれる。


 身長:165cm 体重:48㎏ 3サイズ:82/54/81


 なかなかのスタイルだと思うけど、そのルックスと同じくらいの確率で世の中には存在している女の子だ。

 

「お兄ちゃん、いよいよだよ!」


 ち、近い……けど、仕方ないか。


 夏子は、三十センチという至近距離に迫って俺に誓う。兄妹の仲なのにオカシイ……ま、勘弁してやってくれ(;^_^)、あとで理由は言うからな。



 えと……夏子の性格を短く言うと、以下のようになる。



 反射が早くて言動がいちいち適格なくせに全体がどこか抜けている。オッチョコチョイでどこか残念な少女、でも、そのオッチョコチョイで残念なところが危うくも可愛い……と思ってしまうのは兄妹だからか……あ、シスコンってわけじゃじゃねえからな(^_^;)


「荷物の始末は大家さんに頼んだ。学校から帰ってきたらいっしょに出るからね……あ、お水忘れてる」


 夏子は短いスカートを翻して台所に行くとジョウロに水を汲んでベランダに。プランターに水をやって戻ってくると、再び三十センチ。


「じゃ、行ってくるね!」


 いつもの挨拶をして通学カバンを抱え、パタパタと玄関へ、瞬間迷ってキョロキョロ。


「よし」


 小さく気合いを入れて揃えたローファーに足を伸ばす、履いたと思ったら「あ!」っと思い出して、また上がってきてガスをチェック、窓とベランダの施錠を確認して、まとめた荷物を指さし確認。


「よし!」


 また気合いを入れ、少し乱暴にローファーを履きなおしてノブに手を掛ける。


「あ!」


 またまた戻ってきて、ズッコケながら台所に入って、一杯の水を汲んで俺の前に置いた。


「よおおし!」


 三度目の正直、ローファーの踵を踏みつぶし、ケンケンしながら外に出る。


 ガチャン!


 玄関の閉まる音。



―― あ、おはようございます ――


―― おはよう、なっちゃん ――


 お隣りさんとのくぐもった挨拶の声。


―― オワ! ご、ごめんなさい ――


 はんぱに履いたローファーをきちんとしようとして足をグネってお向かいさんにしがみ付いたようだ。


―― だいじょうぶ、なっちゃん(^_^;)? ――


―― アハハハ、大丈夫です。あ、プランターのお花、お願いしますね。ベランダはイケイケにしときましたから ――


―― うん、うちのといっしょに世話しとくからね ――


―― ありがと、おばさん、じゃ、行ってきます! あいて! ――


―― 気を付けてね! ――


―― はい、あははは ――


 愛想笑いしてビッコの気配が遠のいていった。


 そんな妹は俺より一つ年上だ。さっきも言ったよな。


 え、意味が分からん?


 ええっと……俺は二年前から年を取らない。だから一つ違いの妹にはこの五月に越されてしまった。



 つまりな、俺は二年前に死んだんだ。俺は、いま仏壇の中に居る。



 仏壇には線香と決まったものだが、火の用心を考えて妹は水にしている。プランターに水をやるついでだ。


 横着なのか合理主義なのか分からん奴だ。


「火の用心だし、水は全ての根源だからね、お線香よりもいいんだぞ(`ε´)」


 最初に水にした時に、ちょっとムキになった顔で言った。


 その前日、教室で弁当を食っていると「ナッツ、アロマでも始めた?」と友だちに言われた。


 今どきの女子高生は、線香とアロマの区別もつかない。で、その翌朝には水に変えられた。


 確かに火の用心だし、神棚とかには水だしな、と、アロマがどうとかはさておいて納得してやっている。


 役所とNPOだかの戦災孤児支援でなんとかなってんだけど、夏子は戦災孤児って呼ばれ方が嫌いだ。


 ただ嫌いなだけじゃ意地を張ってるだけみたいだから、新聞配達のバイトをやってる。


 運動神経のいい奴で、特に自転車やスケボーとかやらせると水際立っている。


 昨日も配達のショートカットをやろうとして、爆撃痕の谷底に転落しそうになった。並の運動神経ならオダブツになって俺の横に並んでるんだろうけど、5メートル落ちたとこで踏みとどまって、自転車ごとジャンプさせてバイトモの幸子を感動させた。


―― お兄ちゃん、守ってくれたんだね ――


 幸子と別れてから、ポツンと心の中で呟きやがった(^_^;)。嬉しいんだけど、ホトケさんにそんな力はねえよ。


 死んでからは「釋善実(しゃくぜんじつ)」というのが俺の名前なんだけど、この名前は坊さんぐらいしか呼ばない。


 夏子は「お兄ちゃん」と呼ぶ。ときには「晋三」と呼び捨てにされる。



 そんな妹の夏子と、ときどき俺の、長い闘いの物語の始まりってわけだ。



 

☆彡 主な登場人物


舵  夏子       高校一年生 自他ともにナッツと呼ぶ。

舵  晋三       夏子の兄

井上 幸子       夏子のバイトともだち

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