第2話

◆明光学園

 教室


 昼食時の教室では、報道部が流す校内向け放送を見るため、生徒達がテレビに近い席に集まって昼食を取るのが、この学園の基本だ。

 

 「水瀬君、何を読んでいるの?」

 紅茶の缶片手に何かを読んでいる水瀬に声をかけたのは、美奈子だった。

 「これ」

 「うわ、何?幼稚園児の習字?」

 「僕も、ついさっきようやく読めた」

 「これ、何て書いてあるの?」

 「ようするに、決闘の果たし状」

 「はぁ!?」

 「クラスマッチあるでしょ?あそこの個人枠で勝負をつけようって」

 「誰から?」

 「西郷先輩」

 「……まだ、諦めてなかったの?あの人」

 「手下をやられたから、引っ込みつかなくなったのかもね」

 「……で?受けるの?」

 「受けられないはずなんだけどね」

 「?」

 「僕、魔法騎士でしょ?それに一応の騎士ランクはAA。西郷先輩はBB。種別もランクも違うと勝負にならないから、最初からクラスマッチでも勝負できないはずなんだけど……」

 「にゃあ、そこが違うんだなぁ」

 横から訳知り顔で口をはさんできたのは、未亜だった。

 「はぁ?」

 「未亜ちゃん、どういうこと?」

 「だから、個人枠っていってるんでしょ?先輩は」

 「?」

 「ようするにぃ。水瀬君の言っているのはランク別競技のこと。先輩が言っているのは無差別級」

 「僕、出ないよ?」

 「無理。無差別級は、個人エントリー。参加したい生徒は、一回戦の時だけ、相手を指名できるんだ。原則、指名を受けた生徒は、それを拒否できないルールなんだよ。西郷先輩、それで水瀬君を指名するつもりなんだよ。きっと」

 「……どうやって勝負つけるのよ。そんなの」

 「指名した、受けた生徒同士が、最後の一人になるまで戦い抜くって仕組み。クラスマッチの本当の勝者は、ランク別競技と、この無差別級のそれぞれの勝者同士で決まるんだよ」

 「結局、騎士ランクが上の方が有利じゃない。バカみたい」

 「にゃあ、それが騎士の世界だからねぇ……」

 「で?いつから申込み、出来るわけ?」

 「ついさっき」

 「へ?」

 思わず顔を見合わす水瀬と美奈子。

 「ほら」

 未亜が指さす先にあるテレビには、その様子が映し出されていた。


 『はぁい!ここ職員室前では、今度のクラスマッチ無差別級の申込みの受付が開始されていまぁす!』


 無駄に元気なレポーターがマイク片手にしゃべりまくる。


 「満里奈ちゃん、相変わらず強引だねぇ」と未亜はやや見下した様子。

 「あんた、何で行かなかったの?」

 「売っただけだよ」

 「あんたね……」


 『見て下さい!スゴイ数の申し込みです!』

 確かに生徒達が列を作っている。


 『あっ、来ました!”優勝賞品”が!』

 一瞬、満里奈の姿が消え、次に現れた時には女子生徒が横にいた。

 『あ、あの?わっ、私、職員室に―――痛っ』

 綾乃だった。 

 なぜか、腕をねじ上げられている。

 『これが瓢箪から駒ってヤツ?この前、優勝賞品は瀬戸綾乃っていったら、見て下さい!この数!バカみたいです!』

 「本当に……」

 呟きながらも、美奈子が心配したのは水瀬の反応。

 水瀬は驚いたように美奈子に訊ねた。

 「……瀬戸さん、人身売買にかけられるの?」

 「おバカ!」

 『そして!優勝候補の噂も名高い1年草薙君が―――』

 『なんでやねん!!』

 草薙の大声が満里奈の声をかき消した。

 『なんでや!?何でダメなんや!』

 画面には、驚きと共に、怒りを抑えられない草薙の顔が映し出された。

 『だから、一年の水瀬君は、すでに一回戦では指名されていて』

 『誰や!誰がワイの獲物とったんや!?』

 『おいどんでごわす』

 草薙の受付の丁度隣の席から声がした。

 『西郷……テメエか』

 『先約は先約。規則は規則』

 無言でにらみ合う二人に、周囲はとばっちりを恐れて引きまくる。

 動いたのは草薙だった。

 『ねぇ、西郷ちゃん。譲ってくれんか?な?なななななな?』

 シナまでつくって媚に回った草薙の豹変ぶりに、周囲の生徒が豪快にコケる。

 『だ、ダメでごわす』  

 

 『ま、まぁ、いろいろありますが、優勝賞品は、なんと瀬戸綾乃のファーストキス!よろしいですね!?』

 『え?あ、あの、一体、何の話です!?』

 『無視!勝てばそのまま彼氏の座!こぞってご参加!』

 

 報道がパニックを引き起こすことは多々あるが、明光学園史上、これほどのパニックを引き起こした報道は絶無だろう。

 

 トップアイドル瀬戸綾乃のファーストキス


 賞品に目のくらんだであろうことは確実。

 この日の放課後までに綾乃ファンの全騎士養成コースの生徒が参加手続きを済ませ、または対戦の指名を受けた。

 参加できない一般コースや芸能コースの男子生徒はクラスマッチそのものの中止を求めて職員室に押しかけ、一部が騎士養成コースの生徒とつかみ合いになったという紆余曲折の末、それでもクラスマッチは予定通り開催されることになった。



 これを ご都合主義という。

 ……いわれたくないが。



 ◆明光学園付属競技場内

 特設フィールド前 司会専用ブース


 明光学園では、騎士養成コース在籍の騎士達向けに特別な施設が多数存在する。

 その中で最大級の規模を誇るのが”コロシアム”。

 ローマ時代のそれを想像してもらえば最もわかりやすいだろう。

 

 「はいっ!というわけで、ついに開催されましたね!クラスマッチ!」

 「あの、私、なんでドレスまで着させられて、こんな所に?」


 報道席には、この騒ぎの張本人、鈴木満里奈と綾乃の姿があった。

 綾乃はなぜか白いウエディングドレスもかくやとばかりのドレスに身を包んでいる。


 「白熱が予想される今回の大会、瀬戸さんはどう御覧になりますか?」


 綾乃の質問は全て無視する満里奈。


 「それから、何なんですか?この賞品って!?」

 

 首から下げられた札には”賞品”と書かれたのし紙が貼り付けられている。


 「はい。心温まる声援を受けた後で、本日無差別級一回戦!なぁんと!」 

 何しろ、騎士養成コースの生徒のほぼ全員が出るのだ。

 例年、3.4組の物好きがやる勝負なのだが、今回は60組以上計124名の勝負が組まれている。

 一々やっていたら、さすがに時間がない。 

 そこで、実行委員会は突然、ルールを変更した。

 

 「バトルロワイヤルでぇす!」

 

 「なんだか、メチャクチャ……」

 「賞品がしゃべるな。さぁて、ルールは簡単!フィールドに乗った全員で戦ってもらい、残った生徒が5名になった時点で終了。二回戦として、生き残った生徒達が指名相手と戦うことに―――おおっと!はじまりましたぁ!」

 

 ゼッケンを付けたプロテクターに、バッテリーを外したスタンブレードの装備(シールドは任意、槍などの長物希望者はスタンブレードと交換)をつけた生徒達が、手近にいる相手と斬り合いになる。



 たたき伏せられるか、フィールドから落下するか―――

 いずれかになった生徒が脱落する。


 時には、勢い余ってフィールドから落下する生徒もいた。


 3分後には、フィールドに立つ生徒は、ほぼ3分の2にまで激減していた。



 そして、十分身動きがとれる状況が生まれた時、生徒達の本当の勝負は始まった。



 「おおっと!?25.36.91番が落下ぁ!34番がタンカです!やはり、優勝候補の1年草薙強い!今年の1年は粒ぞろいだ!同じく若武者一年、羽山、秋篠コンビが周囲を駆逐する勢い!スゴイ!64.55.21.3番、動けないかぁ?」


 何度、タンカが医療ブースとフィールドを往復したか、綾乃は数えるのをやめていた。


 「だ、大丈夫なんですか?」


 「今年は療法魔導師が待機しています!問題ありません!さぁ気張れ!瀬戸綾乃のファーストキスは誰のものだぁ!?」


 「だ、だから、私のキスを何だと思って!」

 「いいじゃん。減るもんじゃなし」

 「そういう問題じゃありません!」

 

 綾乃はついにぷっつんした。


 「あーっ!75.69.11、それと2がタンカかぁ?これは早く勝負がつきそうですねぇ!ファーストキスは遠くなる!」

 「ですから!」

 「―――ま、誰かにもうあげちゃったっていうなら別だけど」

 「私、もう済ませてます!」

 


 「!!( ゜д゜) ? 」

 「!?(;゜д゜)」

 

 ピタッ。

 

 その瞬間、本当に会場の生徒全員の動きが止まった。

 スタンブレードを振り下ろそうとする生徒、それを避けられないと覚悟した生徒、彼らですら、それぞれが動きを止めた。

 

 「瀬戸さん?相手……誰?」

 「悠理君です!3つの時!」

 「あんたらおませすぎ!そんな年でヤッてたの!?」

 「いいじゃないですか!許嫁同士なんですから!」

 「えええええっ!!??( ゜д゜) ? 」


 「えっと―――」 

 手元のリストを見た満里奈がマイクに叫んだ。

 

 「さぁ!ターゲットが変わるかぁ?瀬戸綾乃の純潔を、わずか3歳で奪った不届きモノ!ゼッケン4、水瀬悠理!どう出る!?」

 「それ違う!絶対違う!それはこの後――!」

 随分とヤバ気な綾乃の発言も、今は誰一人聞く者はなく―――

 

 「……」

 「……」

 フィールドに居合わせた、ほぼ全ての騎士が、そして、応援の生徒達が、そのゼッケンに注目していた。


 その眼は、憎しみであふれている。


 「僕達は、殺意で作られています」

 そう無言で語る彼らの視線の先にいるのは……。


 相手との交戦を避け、ちょこまかと逃げ回っていた生徒。



 水瀬だった。



 「あ、あの?」

 生き残った生徒達は、無言で水瀬を取り囲み、次第にその包囲網を狭めていった。


 「もしもし?皆さん、話したらわかるかもって思えません?」


 そんな水瀬の言葉を耳にするものは誰一人として存在せず……。

 

 「たためぇ!!」

 「殺せ!」

 「血祭りにあげろ!」

 誰かの叫び声をきっかけに、包囲網を形成していた生徒達が一斉に水瀬めがけて襲いかかってくる。

 「おおっとぉ!突撃だぁ!英国軽騎兵か、日本軍のバンザイ突撃もかくや!コース生徒の最後の華が今、散るかぁ!?」

 「縁起でもない!」


 「……ご、ごめんね?」

 

 襲いかかった生徒達のターゲットは、水瀬、”一人”。


 バキッ!

 

 鈍い音がして、包囲網を形成していた生徒達全員が、同時に吹き飛ばされた。 

 ある生徒はダウンし、ある生徒は場外へ。

 

 倒された生徒は48名。

 そう。水瀬の一撃は、文字通り生徒達を掃討してのけていた。

 そして、全員が自分がどんな攻撃を受けたかすらわからなかった。


 ただ、自分が、宙を舞っただけにしか感じない。


 でも、体が動かない。


 そんな、攻撃だった。 


 「――え?」

 その光景を目の当たりにした満里奈は、いや、満里奈だけではなく、全員がその目を疑った。

 

 襲われたのは、水瀬ただ一人のはず。

 

 だが、それを返り討ちにしたのは、そして、今、彼女たちにの眼には、”3人の水瀬”が映っていたからだ。

 

 「分身による手刀攻撃、か」

 

 包囲網に加わらず、敗北を避けることが出来た中の一人、羽山が感心したように言った。

 「よくやるわ。相手が多いとき、ケンカでオレもよくやるが……おい、手刀何発放ったんだ?」

 「一体で16発……手加減したんだよ?」

 フィールドに転がり、身動き出来ない生徒達を一瞥した羽山はあきれ顔で言った。

 「どこがだよ……」


 フィールドに残った生徒は5人。

 水瀬、羽山、秋篠、草薙、そして、西郷だった。


 

  



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