美奈子ちゃんの憂鬱 熱血男はお好きですか?

綿屋伊織

第1話

 ◆明光学園 図書館

 放課後

 

 「はぁ?」


 閉架書庫の中で、美奈子は固まっていた。


 目の前には、とてもではないが、図書館が全く似合わない男がいた。

 中背で筋肉質というには、やや太りすぎた体型、顔もゴツく、体育会系というか、武道系の典型的な顔立ち。

 

 もてないだろうなぁ……。

 

 心底、そう思った美奈子は、この男に見覚えがあった。

 学園では草薙君と並ぶ不良として知られる、確か西郷とかいったはず。


はっきり言って、趣味じゃない。

 

 一体、いつの不良だというのか、長ランにボンタン姿のその男が、美奈子の前でこういったのだ。


 「つきあって下さい」と―――。


 

 ◆翌日

 明光学園 教室


 「へぇ〜っ」


 美奈子から経緯をきいた水瀬達の第一声がそれだった。


 「で?OKしたの?」と水瀬。

 「するわけないでしょぉ?即座にゴメンなさいよ」

 「西郷先輩って、あの?」興味津々の未亜。

 「あの先代熱血番長。草薙君に負けて番長の座を譲り渡したって」

 「今時、そんなこと、あるんですねぇ……」

 半ばあきれ顔で話を聞くのは綾乃だった。

 「未亜ちゃん。どんな人?」

 「そっか。水瀬君、知らないんだ。えっとね?確か、鹿児島から来た人で、騎士養成コースだよ?……そうだねぇ。キャラとしては」

 未亜は、少し考えて言った。

 「例えば、草薙君がヒーロー、一号機のパイロットだとしたら、先輩は三号機のパイロット。チームが危機に陥ったら、特攻とかやって、真っ先に死ぬタイプ」

 「言い換えれば、主役になれない?」

 「そう。脇役がいいところ。ついでに単純バカ」

 「未亜ちゃん、何もそこまで……」

 「綾乃ちゃんだって言っていたじゃない。レッドアニマルに記載されそうな勢いで絶滅しかけてるタイプだって」

 「言ってません!」

 「単純バカだから、フられたショックで校舎の屋上から飛び降りるようなマネしなけりゃいいけどな」と羽山。

 「大丈夫」と自信満々な未亜。

 「多分、水瀬君の所にくるから」

 「僕?」

 きょとんとしながら、自身を指さす水瀬。

 「そ。この前、聞かれたんだ。美奈子ちゃんが付き合ってる相手って誰かって」

 「……まさか」

 同時に声のトーンが下がる美奈子と綾乃。

 「だ、だだだって!単なる冗談っていうか、そういう噂があるって」

 その視線に危険を感じた未亜が後ずさりしながら弁明する。

 「で、僕の所へ?」

 「多分、単純だから、水瀬君倒せば、美奈子ちゃんが自分の強さを認めて惚れてくれるって考えるかもよ?」

 「いつの時代の話よ。ついでに私は腕力には惚れません」

 美奈子がきっぱり言い切った途端――。


 ピシャンッ!!

 教室のドアが乱暴に開いた。 

 入ってきたのは、3人の”僕たち不良でぇ〜す!”という姿形の男子生徒達。

 「へぇ。今時気合いはいってんなぁ」

 羽山が感心したように呟き、

 「こら」

 小声で美奈子がつっ込む。


 水瀬とごく一部を除く、居合わせた全員が思わず視線をそらせた相手。


 「おい!水瀬ってのは誰だ!?」


 「あの、僕です」水瀬が手を上げる。


 「ああっ!?お前か!?あーっ!?」

 ズカズカと足音も荒く水瀬に近づくと、水瀬をにらみつけ、ガンを飛ばす。


 「何か、ご用ですか?」

 全く動じることもない水瀬。


 少しは怖がれば、こいつらも対応が違ったろう。

 その態度が不良達の心証を損ねた。


 「おうコラ!番長がお呼びだ!」


 「てめえら!見せモンじゃねぇぞ!アアッ?」 


 「なんだコラ!」


 オーバーアクション気味にてんでバラバラの脅し文句を並べる不良達。

 そして、最悪なことに、その一人の振り回した腕が、綾乃を突き飛ばす格好になった。


 「きゃっ!」


 「綾乃ちゃん!?」


 椅子から転がり落ち、床に倒れる綾乃と、慌てて助け起こそうとする美奈子達。


 「あーっ!?痛えじゃねぇかコラ!」


 あろうことか、腕を振り回した男が、美奈子達を突き飛ばし、綾乃の腕を強引に掴み上げた。


 「腕が折れたかもしれねぇなぁ」


 綾乃は元から箱入りのお嬢様、現アイドルだ。


 こんな乱暴な扱われ方をしたことがない。


 「手取り足取り、看病してもらわなくちゃぁ、なぁ!」


 「痛いっ!」


 掴まれた手の痛さに思わず悲鳴が上がる。

 

 「手を離して」


 普段、女の子並に高い声の水瀬の声色が変わった。

 「ぁ?」


 「手を離して、といった」


 「ナメてんなのかコラ!」


 綾乃から手を離した不良達は、いうや否や、水瀬目がけて一撃を食らわそうとして、不可視の力に吹き飛ばされた。

 

 「グッ……てっ、テメェ……」

 

 バンッ!

 

 不良達が起きあがろうとした途端、鼓膜が悲鳴を上げるような爆発音が教室を揺るがした。


 「――へ?」

 不良達が恐る恐る横を振り向くと、壁には拳が通せるほどの風穴が空いている。

 厚さ数十センチの鉄筋コンクリートを貫通したものを思い、不良達は言葉も出ず、逃げることすら出来なかった。


 「さて―――」

 恐らく、風穴を開けた相手が、不良の一人の首を鷲掴みにして、あろうことか、それを片手で持ち上げながら、不快さをあらわにした口調で言った。



 「死にたいなら、一人で首でもくくればいいのに」


 「い、いいのかよ?き、ききき騎士が一般人に暴力ふるって!」


 「僕が逮捕される前に君たちが死ぬことだけは変わらない」


 「し、死ぬ?」


 「僕はケンカはしない」


 「してんじゃねえかよ!」


 「するのはコロシ」


 その言葉が


 その目が


 その全てが、


 明らかに、不良達に語る言葉―――

 

 それは、


 死―――



 「ヒッ、ヒイイイイイッ!!!」


 彼らの好む、弱者とのケンカでは感じることの出来ない恐怖が彼らを支配する。


 「死に方くらい選ばせてあげる」


 首を掴まれた不良は息すら出来ない。

 

「首をねじ切ろうか?それとも、ハラワタをえぐろうか?」

 

 「やめろ水瀬!」


 「バカやめろ!」


 羽山と博雅が何とか止めようとして、不可視の力に弾かれる。


 「グッ!」


 「ちっくしょ、このバカ!キレやがって!」  


 「ねじ切る」

 水瀬は、そういって、指に力を込める。


 水瀬は騎士だ。


 その力を使えば、人間の首一つ握りつぶすことなんて何でもないこと。

 

 しかし、それは、明らかな殺人だ。


 「悠理君、ダメ!」

 水瀬を後ろから抱きすくめるように止めに入ったのは、綾乃だった。

 「だ、大丈夫!私達、大丈夫だから!」

 「……」

 「お願いやめて!悠理君の力は、こんなことするためのものじゃないでしょう!?……だから、お願い、やめて」


 ぎゅっ。 

 制服越しに伝わってくる綾乃の体温を感じ、水瀬はようやく一息つくと、

手にしたモノを、床にはいつくばって震えている他の不良二人目がけて無造作に投げつけた。


 「綾乃ちゃんがそういうなら、いい」

 「悠理君……」

 思わず綾乃が漏らした安堵は、同時に、その場に居合わせた全員のため息でもあった。

 だから、綾乃はクラスを代表する意味でも、言った。


 「ありがとう」


 

 数分後

 「その何とかいうのに伝えて」

 腰を抜かせた不良達を窓から放り出した(ちなみに1階)水瀬が声を掛けた。

 「用があるなら、自分からこい。それと君たちだけど」

 

 バンッ

 

 派手な音がして、不良達の前で地面が吹き飛んだ。

  

 「ヒッ!」

 

 「今度、見かけたら―――」

 

 「殺す」

  

 不良達は、返事もなく、悲鳴を上げながら逃げていった。



 教室は、騒然となった。

 

 草薙や羽山といった特殊なケースを除けば、誰もが恐れる不良連中を、ああも恐怖のどん底にたたき込み、無様に逃げさせたのだ。

 魔法騎士を忌み嫌うかと思いきや、水瀬は、一躍英雄扱いされた。

 

 「すげぇよ水瀬!」

 「よくやってくれた!」と。

 

 「腕、大丈夫か?」

 綾乃に声をかけてきたのは羽山だった。

 「え?あ、はい。何とか」

 「そうか。にしても、あいつら、絡んだ相手が悪すぎたな」

 「え、ええ。水瀬君だて、騎士ですから」

 「違う」

 「え?」

 「瀬戸さんのことだよ」


 「私、ですか?」


 「ああ。アイツら、瀬戸さんにちょっかいだしたおかげで殺されかかったってわけだ」


 「そ、そんなこと」


 「何しろ、水瀬をああさせたんだからなぁ……」


 「水瀬君が、何ですか?」


 羽山の口から出た言葉は、綾乃を驚かせるのに十分だった。


 「瀬戸さんが乱暴されたってわけで、な?」


 綾乃にとって、水瀬とは


 子供っぽい所もあるが、原則として冷静沈着な存在。


 だからこそ、その一言に、綾乃は驚いた。


 羽山は言った。


 「あいつ、キレたんだよ」







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