第3話
クラスマッチ無差別級一回戦を残ったのは、規定通り5人。
実行委員会の説明では、4人が勝負し、決勝戦で最後の一人と戦うことになる。
「で?誰がシードを持つんだ?」
説明を受けた羽山が訊ねる。
「もう、これはジャンケンででも決めて頂きましょう」と実行委員会会長を兼ねる生徒会長がこともなげに言ってのける。
「会長、そりゃちょっと、もうちょっとこう―――」と抗議する草薙。
「もうすぐランク別競技が始まるんです。さっさと終わらせてもらわないと、時間がないんです。さ、どうぞ?」
生徒会長四方堂緑は、そう言って先を促す。
「まぁ、確かにな」納得したのは水瀬と秋篠。
「四方堂どん。で?ジャンケンというのは、おいどん達全員で?」
「そうです。公正を期すために、全員一緒で」
いい歳した男が5人、同時にジャンケンなど、あまり絵にならないせいか、全員が気まずそうに向かい合った。
「いいですか?ジャーンケーン」
全員が一斉にジャンケンし……。
「お前、弱かったんだなぁ……」
「5人全員同時にやって」
「一人だけ負けたもんなぁ……」
羽山、博雅、西郷から呆れ混じりの言葉が飛ぶ。
「ううぅぅぅっ……」
凹むのは水瀬。
「いいやないか!おんどれら!決勝で待っとるで!」
一人ポーズを決めて喜んでいるのは草薙だ。
「種割って大活躍したるでぇ!メ○イアでもレク○エムでももってこんかい!」
「草薙君、作品違うって……」
「はい!じゃあ2回戦でぇす!」
満里奈が組み合わせを読み上げる。
「二回戦第一試合!羽山対秋篠!第二試合は水瀬対西郷!第一試合は5分後に開始しまぁす!」
◆羽山対秋篠戦
ガンッ!
会場に鈍い音が響き渡り、スタンブレードの砕けた鞘の破片がフィールドを舞う。
それを待っていたかのように、フィールドの騎士二人が同時に崩れ落ちた。
「きっ、決まったぁ〜っ!!」
共にAクラスを代表する二人の戦いは、文字通りの激闘、4分49秒。
結果は、俗に言う相打ち。
互いがスタンブレードの鞘で攻撃を防御したはすが、互いの一撃に鞘が耐えられなかったが故の結果だ。
互いの技量を駆使しきったからこその、歴史に残るような名勝負だった。
共に力が伯仲しており、らちがあかないと見た双方は、ほぼ同時に捨て身の攻撃に撃って出た結果として、共の脇腹に互いの一撃を受け、戦闘不能。
同時に崩れ落ちたため、ルールに従い引き分け。
ただし、共にドクターストップがかかったため、第三試合には進むことが出来ない。
観客席から慌ててやってきた涼子に付き添われ、羽山は秋篠と共にタンカの世話になることになった。
騎士としての職務に感心が薄い本人としては、涼子の看病こそ、最もすばらしい賞品といえよう。
「お疲れ様。格好良かったよ?」
「あ、ありがとうございます」
「うふふっ。じゃ、お姉さんからのご褒美。お弁当、作ってきてあげたから、一緒に食べようね?」
「はい!」
この果報者……。
◆水瀬対西郷戦
「あっさり終わりましたねぇ」
実力が伯仲した者同士だからこその熱闘を、喉がかれるまで解説していた満里奈が驚いた口調でコメントする。
「近い実力者同士なら、こうなりますよ」と何事もなかったかのように言うのは、横で見ていた綾乃だった。
「近い実力だからこそ、逆に打つ手も限られるわけですし」
「そういうもんなの?」
「多分」
「ふぅん……さて、二人がタンカで運ばれたのを尻目に、第二試合が始まります!お聞き下さい!この西郷選手への一方的声援!」
「……これ、声援っていうんですか?」
『絶対勝利!』
『勝て!西郷!』
即席に近い横断幕がコロシアムの観客席にひらめき、観客となった生徒達から声援がわく。
「西郷!やっちまえ!」
「水瀬を血祭りにあげろ!」
何故か、西郷には凄まじいほどの声援が来る。
一方
「死ね水瀬!」
「死んで詫びを入れろ!」
「全人類はお前の死を願っているぞ!」
「西郷に殺されてこい!」
水瀬目がけては罵声と空き缶が飛んでくる始末。
「なんで僕ばっかり……」
実行委員会も、フィールドの端で待機する水瀬に危なくて近づけない中、防御フィールドを展開して、少なくとも空き缶だけは防ぎつつ、床にのの字を書き書きイジける水瀬。
「なんで、こんなことに?」困惑する綾乃。
「あんたが余計なこというからでしょ」と満里奈。
「さあ水瀬!」
西郷が大声で口上を始めた。
「この戦いの意味はわかってるはず!美奈子はんのみならず、綾乃はんの貞操まで奪った貴様に天誅を喰らわす!」
「いったい何のことかわかんないのにぃ……」
水瀬の口の中だけのぼやきは、当然、西郷の耳には届かない。
「よく言った西郷!」
「それでこそ男だ!」
むしろ、観客からのやんやの喝采を受け、恐らく気をよくしたのだろう、西郷はさらに続けた。
「貴様、よくも清純な美奈子はんを手込めにしてくれた!貴様は、あんなこととかこんなこととかして、美奈子はんを―――」
西郷の動きが止まる。
「?」
不意にフィールドを降りた西郷は、全力疾走でどこかに行き、戻ってきた。
何故か、鼻の穴にティッシュを詰め込み、何故か前屈みになっている。
「?」
首をかしげっぱなしの水瀬を相手に、くぐもった声の西郷は最後に怒鳴った。
「今日が貴様の命日でごわす!貴様を倒し!おいどんが美奈子はんと、清い交際を!」
「だそうだよ?よかったね、美奈子ちゃん」
「勘弁してよぉ……」未亜の冷やかしに心底嫌そうに答える美奈子。
「……ま、いいけど、先輩、なんでそんなに前屈みなの?」
「お、男の事情でごわす」
「はぁ……」
「さて。瀬戸さん、この勝負はどう御覧になりますか?」
「えっと、お気の毒ですけど、百に一つも西郷先輩に勝ち目はないものと」
「へ?どうして?」
「西郷先輩って、あの体格ですから、力責めですよね?最初から最後まで攻めの一手で来るのは目に見えています。対する水瀬君は力がない反面、スピードがあります。先輩は、力任せではかわされるだけですし、消耗も早いはずです。反対に水瀬君は避けて自滅を待てばいいわけで」
「火力と機動力の勝負ってこと?」
「似たようなものかと……」
綾乃の予想通り、審判の合図と共に、仕掛けてきたのは西郷の方だった。
「チェストォォォォォォッッッ!」
薩摩示現流―――。
渾身の、いや、捨て身の、という方が正しい一撃が水瀬を襲う。
西郷の一撃は、水瀬の立っていたフィールドの床を破壊し、辺りに破片を飛び散らせるほどの破壊力を見せつけた。
しかし―――
「ほら避けた」と綾乃が呟いたように―――。
その一撃は、床以外の何者も破壊してはいなかった。
「遅い」
「何っ!?」
誰かが耳元でささやく声に驚いて振り向こうとした西郷だが、そのまま後ろから羽交い締めにされ、動きを封じられた。
「ぐっ!」
余程うまく関節を極められているらしく、片手が思うように動かない。
「まだでごわす!」
スタンブレードを逆手に持ち、背後の水瀬めがけて突きだそうとして、西郷は何故か動きを止めた。
「――おおっとぉ!?西郷選手!動かない!水瀬選手!一体、何をしているというのかぁ!?」
水瀬は抜刀すらしていない。
ただ、西郷の耳元へ口を近づけ、何事かをささやき続けている。
そして―――
ブッシュゥゥゥゥゥッ!!
突然、西郷の鼻から噴水のように鼻血が吹き出して、西郷は床に崩れ落ちた。
「しっ、試合停止!」
審判のホイッスルが鳴り響く中、水瀬が指で西郷をつついていた。
「大丈夫?」
何故か、その声は水瀬のそれではなく、美奈子の声。
西郷は自らの血だまりの中でピクリとも動かない。
保険医と共に駆け寄った審判が宣言した。
「西郷選手!試合続行不能と判断!勝者!水瀬選手!」
この瞬間、決勝に進んだのは水瀬一人となった。
「お疲れ様。一体、どうやったの?」
美奈子がタオルを渡しながら水瀬に訊ねた。
「魔法でも使ったの?」
「違うよ」
「何や、じゃ、どうやったら大の男をああ出来るんや?」
現地レポーターを兼ねた品田も首をかしげた。
「失血死の一歩手前らしいで?」
「あのね?品田君がこの前貸してくれた本の一節を、桜井さんの声で読んでみたんだ」
「はぁ?」
「って、まさかお前」一瞬、青くなる品田。
「そう。ほら、品田君言っていたじゃない。”この一節がソそるんや!かぁ〜っ!たまらへん!”って。あそこ」
「何ソレ?」
「ばっ、バカ!」慌てて水瀬の口を塞ごうとした品田と、事情がわかったという顔の未亜。
「はっはぁ〜ん?品田君、水瀬君にえっちぃ本貸していたんだ」
「よくわかんないけど、その時の品田君が、さっきの西郷先輩と同じだったからね?試しに。と思って、覚えている限りを桜井さんの声で読んでみたら、西郷先輩、ああなっちゃったわけ。どうしてだろう」
「西郷先輩、まさか……あの、ま、前屈みって……」
「あの鼻血っていうか、品田君といい、水瀬君といい……男って……」
居合わせた女性陣からの冷ややかな視線を受ける水瀬&品田。
「最っ低ぃ〜っ!」
その冷たい声を受け、品田が焦ったように水瀬に言った。
「み、見ろ水瀬!女の子達からのこの冷たい視線!ワイまで同類扱いやないか!」
「僕のせいなの?」
「当たり前やろうが!」
品田のツッコミスリッパが水瀬の頭に炸裂したものの、全ては後の祭り。
決勝戦は、水瀬対草薙戦となった。
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