狙われたネットカフェ

 夏海ちゃんは何かに取り付かれている……。

 あからさまに見てはいけないモノを見たボクを、何らかの危害を加えないだろうか?

 前にも言ったが、夏海ちゃんは幼なじみだ。つまり、近所の子である。

 ボクを捕まえるのなら、家の前で待っていればいい。


(ウチに帰るのはマズいか――)


 そして、僕は駅前のネットカフェで時間を潰すことにした。

 お小遣いが厳しいが、自分の身のことを考えると背に腹はかえられない。節約するために個室はダメだ。

 お気に入りの漫画とフリードリンクで時間を潰して、と――


(そういえば、今日は人が少ないな)


 駅前の立地条件のいいカフェのはずなのに、妙に人が少ない気がした。

 なんでだろうと、考えていると……ふと、爆弾魔のことを思い出した。

 よく考えたら、今日は水曜日だ!


 みんな爆弾魔のことが気になって、出歩いていない?


 ズドーンっ!!


 突然、目の前が真っ暗になった。

 爆音と砂煙で、耳も喉も痛い!

 ようやく聞こえてきたのは、ジジジジジジジシっ! と火災警報器がけたたましく鳴っている音だ。

 何が起きたのか……それが例の爆弾魔の仕業であることはすぐに理解できた。だが、なんで僕が被害に遭うのだ!


(それもこれも、今日、始業式を始めた大人達が悪いのだ!)


 呪いたくなる。だが、瓦礫やら何やら上に乗っかっていて、僕は身動きが取れない。唯一の救いは瓦礫の隙間に挟まれて怪我をしなかったこと。

 そして、入り口方向が見えたことだ。

 暗い中で唯一、明かりが差している。

 そこに何か大きな塊が立っていた。

 目が慣れてくると、それが異様な人の形をしていないモノだと解った。


(なんだ、あれ?)


 最初に思ったのは、特撮の怪物だ……ようは着ぐるみ。

 ヒョウタンをモチーフとした、といわれればそうかもしれないが……ダサい。

 旋毛つむじヒョウタンのような巨大な頭に――旋毛つむじへと顔や頭を引っ張った感じ――腰は極端にくびれ、お腹は太鼓腹だ。その太鼓腹には小さなヒョウタンがぶら下がっている。そんな身体に短い手足。


(今どき、特撮のゲリラ撮影か?)


 と思ったが、太鼓腹の小さなヒョウタンをもぎ取ると、ひょいっと投げた。


 ズドーンっ!!


 再び爆発!

 今度はネットカフェの天井が崩れた。瓦礫が降り落ちてくる。僕の上には今回は降りそそぐことはなかったが、空いた天井からは空の青空が見えた、


『そこまでです!』


 突如、頭上に声がした。

 見える範囲で声の主を捜すと……あの夏海ちゃんと一緒にいたマスコット空色のタコ星人がいるではないか!?

 それがウネウネと触角を動かしながら浮いている。声はそこからしていた。


『銀河特捜班です!

 未交流惑星の破壊工作及び原生生物への殺傷容疑で、処刑命令が出ています!』


 銀河特捜班ってなんだ!?

 しかも、いきなり犯罪者悪い怪物を殺すなんて、銀河特捜班とかいうモノには弁護は付かないのか!?

 突っ込みたくなるところで、僕の前を遮るようにキレイな人のふくらはぎが見える。


(夏海ちゃん!?)


 声を上げたくなったが、グッとこらえた。

 どうしてここに彼女が……そもそも放送している今やっている特撮ものでは、銀河特捜班などそんなの出てこない。

 これは……現実なのか!? 目の前に浮いて喋るマスコット。それにヒョウタン型の怪物のヒョウタン爆弾もいつの間にか数が揃っている。


「変身許可をお願いします!」


 僕は瓦礫の中でもがいて、何とか夏海ちゃんの後ろ姿まで見えるところまで出てきた。

 そして、彼女がどこかに向かって許可をもらっている。

 相手は恐らく、あのマスコットだろう。


『五十嵐夏海。変身を許可します!』


 夏海ちゃんが右の拳を高く上げた。その手には、髪に付けていたあの星形のヘアピンをかかけている。なにかと思うと、空から突然、銀と赤い粒子が降りそそいできたではないか。

 それが彼女の元に集まると、赤いボディースーツの上に銀色の鎧を着た戦士が現れた。


『ナツミ、さっさと処刑しなさい!』


 彼女の手には、お約束の光る剣が握られていた。マスコットの指示の元、剣を振りかざし怪物に突っ込んでいく。

 そして、脳天からバッサリと真っ二つに切り裂いてしまった。


(ホントに処刑してしまったよ。こんなあっさりとした戦闘で、視聴者が……って、撮影じゃない)


 これは現実だ。

 なにせ撮影でネットカフェを爆破するか? もしかしたら、この7月からの爆弾事件の犯人は、夏海ちゃんが一撃で倒したヒョウタン怪物なのかもしれない。


『さあ、長居は無用です!』


 逃げるように出て行くタコ星人。それを夏海ちゃんが追いかけようとする。


「夏海ちゃん!?」


 僕は勇気を振り絞って声を上げた。瓦礫をなんとか退かして立ち上がる。


『原生生物!?』


 タコ星人の触角が僕に向けられた。

 不良達を気絶させた電撃を、僕にも浴びせようというのか!


 僕は一瞬目をつぶってしまった。しかし、待っても電撃の衝撃が来ない……恐る恐る目を開けてみると、銀色の鎧を着た夏海ちゃんが、僕の目の前で手を拡げている。


『何をしているのですか!』

「かッ、彼を傷つけないでください」


 銀のマスクの下から、か細い彼女の声が聞こえた。

 前はもっとハキハキとした声だったはずなのに、何か怯えているような……彼女が勇気を絞って声を上げたのは確かだ。


『規則です!』

「おッ、お願いします!」


 夏海ちゃんは座り込むと、不良達の時のように土下座しはじめた。


『規則は絶対です!』

「おッ、お願いします!」


 彼女は額を瓦礫に押さえつけて、僕の命乞いをしてくれているようだ。

 すると、タコ星人は触角を降ろした。


『ともかく、人が集まる前に宇宙船に移動します』


 マスコットがそう発した途端、周りが光で一杯になった。


 ※※※


 僕が目を開けてみると、そこは光に包まれた部屋だった。

 目の前に……制服を着ている夏海ちゃんがいる。ヒドい隈が出来た死んだ目をしていた。

 何か声をかけようとしたが、急に彼女は土下座しはじめた。


「どっ、どうしたって言うんだ――」


 今までの彼女なら、土下座なんてしないはず。


『この星の謝罪の仕方ではないですの? 資料によると』


 見ればタコ星人が浮いていた。

 このマスコットの言い分が正しければ、ここは宇宙船というわけか。しかし、窓も何もない。ただどこまで続いているのかよく解らない白い光の世界が、広がっているだけだ。


 それよりも!


「彼女に何をした!?」

『この原生生物しか適用者がいないので、臨時で戦闘員になってもらいました。

 ですが、素行が悪いのは銀河特捜班には不適切です。なので、規則を守るように……』


 僕は夏海ちゃんを見た。

 なんだかよく解らない宇宙人に、彼女は戦闘員として選ばれたといっている。だが、このやつれ具合はどうだ……ん? 規則を守るようにした!?


「洗脳したというのか!?」


 あの夏海ちゃんをこんな姿にしたということは、そんな恐怖が僕にはよぎった。

 宇宙人がやることだ。それしか考えられない。


『あら、再教育と言ってください』


 どうせ、学生手帳に載っていた校則を鵜呑みにして、夏海ちゃんを仕上げたのだろう。

 これはこれで……だが、僕の好みだった美少女の夏海ちゃんに戻ったのはいいが、本人は望んでいないのだろう。

 宇宙人はすぐに洗脳すると聞いた。ネットの情報だけど……。

 夏海ちゃんが、ヒドくやつれているように見えるのは、そのために違いない。


『この先も、彼女には頑張ってもらわないといけません』

「だとしたら、あんたの地球の常識は間違っている!」


 洗脳もそうだ。そもそもお願いやお礼に彼女を土下座などと……あきらかにおかしい。


『そんなことありませんわ。この星の調査結果を元に、に再教育しています』

「調査結果? 一体いつの話をしているんだ!」

『この星の時間で……150年ほど前ですが? それが何か?』

「めちゃくちゃ前ではないか!」

『前? ああ地球人の年齢からしたらそうかもしれませんが、問題でも?』

「ありすぎだ!」

 

 宇宙では地球の最新調査結果かも知れないが、このタコ星人を再教育してやらねば。

 彼女を取り戻すためにも!

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