二度目の夏休みデビュー
事の起こりは、夏休み明けの初日のことだった。
彼女が現れたのは……。
それは朝の
ほとんどの生徒が登校しており、教室の中で雑談していた。
「誰だ、あの美少女は?」
「あんな子、ウチのクラスにいたっけ?」
「五十嵐? まさかあの不良か?」
僕の幼なじみである
(いわゆる夏休みデビュー、というやつか?)
彼女の変わりようにクラスのみんなが驚いている。
今日、現れたときは、幼なじみの僕でさえも判らなかった。
まあ、僕は子供の頃から見ていたから、夏海ちゃんの素材の良さは知っていた。しかし、今日の彼女は、生徒手帳に書かれているような規則通りの姿だ。
最後に見たときは緑色で長かった髪を、真っ黒に染めて、バッサリとボブカットに切ってきこと。みんな暑いと外しているシャツの第一ボタンもはめ、制服指定のリボンも忘れていない。チェックのスカートは、規程より少し短い程度で膝小僧が見える。
付けているアクセサリーは、右側で前髪をとめている星形のヘアピンひとつだけ。それまで、耳に付けていた痛そうなピアスも取っている。
しかも少々強気で胸を張って歩いて彼女が、申し訳なさそうに背中を曲げ、顔を俯き加減なのだ。だが、チラチラ見える顔は、趣味の悪いと思っていた厚化粧も取って、僕の記憶にある
実は僕らが高校生になったときに、夏海ちゃんはその素材の良さから『学校一の美少女登場!?』と騒がれた。
でも、それは外見だけの話で、同じ中学出身の人は知っている。
夏海ちゃんの中身は……そう、中学3年の時ぐらいから、
結局、僕もそのひとりで、しばらく話をしていなかったのだけど……。
ちなみに去年、高校一年の時の夏休み明けにもデビューしている。
それは、隠れていた内面が外面に溢れたというか……思えば、今の全く反対方向だ。
長い髪を緑色に染め、制服もだらしなく、何個も耳にピアスをぶら下げて登場した。
高校1年の夏休みデビューはそんな感じだった。
周りの声もよそに、彼女は自分の席に静かに座った。
窓際の前のほう……よくよく考えたら、彼女がまともに教室にいるのは珍しいことだ。来てもふてぶてしい態度で、机の上に美脚を上げて座っている。担任が一時期、注意はしたが、変えることはなかった。それが借りてきた猫のように……そう、存在消しているかのような感じで、今日はちょこんと座っている。
(本当に何があったんだ?)
僕は……いや、クラス全員が呆気にとられて、彼女に声をかけることがなく、予鈴が鳴った。
※※※
新学期初登校の1時限目は、体育館に集まっての始業式だ。
2時限目は各クラスでのミーティング。それが終わったら帰宅となる。
「先程の校長の話にもあったが……」
生徒は席に着いているが、その後の生徒指導の説教で、ほとんどの生徒はグッタリしていた。その中での、また担任の話だ。
校長の話をまともに聞いていないだろうと、担任は同じ話をするようだ。
(ああ……早く帰りたい)
担任の目は教室内を見渡していたが、夏海ちゃんの前で一瞬、視線が止まった。
妙な正義感を押し付けるこの担任と、夏海ちゃんとの仲は最悪だった。だが、今日の彼女の姿を見て何かを……いや、人間として本能的に関わらないことがいい、と思ったのだろう。
明らかに目をそらした。
「1ヶ月ほど前からある連続爆破事件は、知っているとは思うが……」
たしか……この市で週に1度、水曜日に連続爆破事件が起きていた。
7月ぐらいから始まって、すでに7件ほどの事件――知られていないのもあるかもしれない――が発生していることになる。
最初はガス爆発かと思われたが、そうではなさそうだ。火の気のない場所で爆発しており、爆弾のようなものを使用された形跡があるとのこと。
警察は必死になって犯人を捜しているそうだが、動機も解らず未解決のままだ。
今まで水曜日だけ……だが、それがいつまで犯人のルールが守られているか、判らない。
しかも、そのために怪我人や死亡者も出ているというではないか。
「危ないんだったら、なんで学校を再開したんですかぁ~?」
「爆弾魔に襲われたら怖いですぅ~――」
当然、僕達生徒には不満がでてくる。
ウチの市では事件を垣間見て、小中学校の新学期の開始を遅らせた。つまり、夏休みが延びていることになる。だけれど、高校は普通に開始された。
「五月蠅い。高校生なら大人に頼らず何とかしろ!」
結局、生徒任せ……生徒の自主性を大切にするという放任主義の学風のため……って、今日は水曜日ですよね?
それで生徒が死んだらどうするのだ!
※※※
新学期初日の予定はここまで、後は帰るだけだけれど――
「おい、五十嵐ッ!」
案の定というか……真っ赤な髪の
「――ッ!」
夏海ちゃんが小さく舌打ちをしたような気がした。
そういえば、今日は登校してからずっと彼女の声を聞いていない。
夏海ちゃんは学生カバンを持って立ち上がると、そのまま先輩に連れられて行ったが――
彼女に危機が迫っている。とはいっても、僕は腕っ節もないし、頭も悪いし運動神経なんてない。
彼女が連れてかれるのを遠回しで見るだけ……あれ? 彼女の持つカバンに妙なマスコットが付いていることに気が付いた。
(何だろう? 見たことがないキャラだけれど?)
自慢ではないが、クレーンゲーム機とか、その辺のマスコットは網羅している。だが、あんなダサいキャラクターは知らない。
(空色のタコ星人なんて、何のゲームかアニメのキャラか?)
妙な違和感を抱いた。そもそも夏海ちゃんの性格からして、そんな付けるはずがない。
(先輩は怖いが、夏海ちゃんが何されるか、やっぱり気になる!)
どうせ連れて行かれた場所は解っている。中庭の機械室。その裏の小さな隅だ。
僕はそっと帰宅するフリをして教室を出た。
そして、バレないように2階の廊下から覗いた。
いつも先輩たちがたむろって、
取り囲んでいるのは、ウチの学校で折り紙付きの……いわゆる不良だ。見つからないようにそっと窓を開けて覗いた。ここからだと、頭の色が虹に見える。
その中にひとりだけ黒髪がいるが、それが夏海ちゃんだろう。囲まれ、角に追い込まれている。
「五十嵐!」
と、怒鳴っているのは聞こえてきたが、夏海ちゃんの声は聞こえない。
廊下の窓を大きく開けは、聞こえるかもしれないが……僕が覗いているのをバレるわけにはいかない。
(――どうなっているのだろう……あッ!)
彼女の胸ぐらを掴んでいる奴がいる! だけれど、夏海ちゃんは声を上げていない。
「へッ!?」
何だろう。何か目に入ってはいけないものが――
目をこすって、カバンから出した疲れ目用の目薬をさして、僕は改まって覗いた。しかし、
夏海ちゃんの頭の上、あのカバンに付いていたタコ星人のマスコット。
先輩達も頭の上で、フワフワ浮いているものに困惑しているようだ。
バリバリバリっ!
突如、空も晴れているのに、雷が鳴った。
それはタコ星人のマスコットから放たれた!
確かにそれが見えた。何本もある触角がふわりと拡げられたかと思うと、その先から
気が付けば軒並み倒れて……ビリビリと失神しているではないか!?
(あのマスコットがやったのか!?)
立っているのは夏海ちゃんだけになった。その彼女も急に座り込んだかと思えば、なぜだか正座をはじめた。
そして、フワフワ浮いているタコ星人のマスコットに土下座しはじめたではないか!?
「夏海ちゃんッ!」
思わず僕は窓から、彼女の名前を呼んでしまった。
見上げた彼女の目は……死んでいた。
そういえば、この1年、まともに顔を合わせていなかった。
今日登校してきても、伏し目がちだった。が、久しぶりに見たからと言っても、あんな疲れた目をしているものだろうか。
(ヤバいッ! ここから逃げなければ!)
僕は人間の本能だろうか、ヤバいものを見たと感じた。
新学期に再デビューした幼なじみが、妙なモノに取り付かれている。
あのマスコットはヤバいモノだ。きっと彼女を監視するために、学生カバンに付けた小さな人形のフリをしていたに違いない。
慌てて僕はそこから逃げ出した。
階段を駆け下り、昇降口に滑り込み、下駄箱の靴を取り、校門へ賭けだした。
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