第6話:見てはいけない一面を見た気がする…

 再び洋館内を案内される一颯は、ふとある部屋で立ち止まった。

 圧倒的な違和感がそこにはあった。これまでがずっと豪華絢爛だったのに対して、たった一つだけ。装飾も何もない、頑丈で重々しい鉄の扉はあまりに不釣り合いと言わざるを得ない。よくよく見やれば赤黒く黒ずんでいる部分も見受けられる。

 同時に、洋館の最奥に位置するとだけあって怪しさはより一層強まる。


「そこの部屋はあまり近寄らないでくださいね」と、夜魅がまず口を切った。



「……この部屋はいったいなんなんだ?」



 そう尋ねる一颯だが、内心では強い警戒心を抱いた。


(これは……間違いない。血だ)


 赤黒く変色しているのが血と瞬時に一颯は見抜けたのは、彼がそう言った界隈に深く身を置いていたからに他ならない。もしこれが表の世界しか知らない一般人であったならば、錆か単なる汚れとしか認識できなかったに違いあるまい。

 一颯は直感する――この部屋にはなにか、とてつもないものがあるに違いないと。



「その部屋はハッキリ申しますと、拷問部屋です」

「ワルいことをしたらそこでテッテーてきにおシオきするのよ!」



「なっ……!?」と、一颯はひどく驚愕した。


 はぐらかすか脅迫するか、いずれのどちらかを彼女らはきっとしてくる。

 だが実際は予想の真逆の態度。呆気なすぎるほどあっさりと告げた夜魅と美涙に、一颯は驚愕を禁じ得ない。

 また彼女らの態度は依然として平然としたままである。表情も言葉にも変化もない。二人にとって扉の存在は日常会話をするのと同じという事実に、一颯は大いに戸惑った。



「ご、拷問部屋……だって?」

「えぇ。そこはずっと昔……わたくし達が生まれるよりもずっと昔からあると言われていますわ。なんでもかつて、悪事を働き主人――ここではわたくし達の御先祖様にあたりますね――を危険な目に遭わせたメイドに罰を与えるために作ったとお父様からは聞かされています」

「……どうして、そんなものが今もあるんだ?」

「戒めですよ、一颯さん。この洋館で働いてくださるセバスチャンや他の従者の方々が、己の職務をしっかりと全うしてくださるようの、ね」



 夜魅がにこりと笑う。その笑みは絵に描いたように美しいのに、一颯の目には想像を絶するほどの恐怖でしかなかった。


「一颯さん……」と、夜魅が静かに口を切った。



「な、なんでしょうか」



 思わず敬語で返答してしまう一颯。



「一颯さんは、プロの何でも屋だと言う風にお伺いしております。これまでの依頼もすべて完璧に遂行するほどの実力と信念を兼ね備えた、素晴らしい方であると……」

「……俺のこと、よく知ってるんだな」

「トーゼンでしょ! だってウチにずっといてもらうんだから!」

「美涙お姉様が言うとおり、これから一緒にいていただく方のことを事前に調べておくのは当然じゃないですか――一颯さん。一颯さんはプロですから、間違っても悪事を働くようなことはされないとわたくし達も信じております。ですが、もし……わたくし達に牙を剥かれた場合、その時は……」



 最後まで言葉が紡がれることはなかったが、彼女が何を言わんとするかわからないほど、一颯も愚鈍な人間ではない。要約すると夜魅達は暗に逆らうな、とこう言っているのだ。

 まるで、とんでもない怪物と相対しているかのような心境……。

 一颯はそんなことを、ふと思った。



「ふふっ、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ一颯さん。確かにこの部屋は拷問部屋としてずっと残っていますが、それはあくまでもずっと昔の話です。今はもう、ただそこにあるだけですので」

「そーそー! ダイジョーブダイジョーブ!」



 からからと笑う美涙の後に続いて“そろそろお茶でもしない?”と、琴葉が――相変わらずいったいどこから出したかがわからない、スケッチブックを通じて提案した。

 これにはついさっきまで殺伐とした二人もあっさりと賛同して、ただ一颯だけが一人蚊帳の外である。

 同意を求める必要は、三姉妹に最初から必要なかった。

 彼女達は主人であり、一颯は従者。どちらか立場的に上であるかは言うまでもない。

 命令されれば逆らわずすぐに従う、それが一颯に与えられた仕事にして責務であるのだから。

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