第1章:お嬢様となんちゃって執事

第2話:人生初の執事ライフ!

 まず、その場所は鬱蒼とした森の中にあった。

 最寄りの町から車でおよそ四時間。どうしてこのような不便な場所にわざわざ居を構えたのか、そう一颯が疑問を抱いたのも無理はない。初老の男――名前は、望月健之助もちづきけんのすけと、言うらしい――曰く、主人の趣味嗜好とのこと。

 一颯には理解できない趣味嗜好ではあるが、あーだこーだと言及するつもりも毛頭ない。

 これはあくまでも一個人の趣味嗜好によるもの。外野が文句を言う方がどうかしているのだ。



「――、着きましたよ」

「ここがそうか……」



 目の前にひっそりと建つソレを、一颯はジッと見やる。

 まず、とにもかくにも極めて大きい。そして周辺の環境も相まってどこか不気味さをも演出する。


(見た目立派なのに、これじゃあまるで幽霊屋敷だ……)


 どんよりとした空気に一颯は頬をひくり、と釣り上げて「どうぞこちらへ」と、健之助の案内の元、洋館の中へと足を踏み入れた。


 来客者を迎える広々としたロビーはさながら高級ホテルのよう。

 一颯は、とりあえず雨風さえ凌げれば住居はどこだって構わない男だ。豪華な内装もオシャレな造りにもさして興味がない。

 故につくづく自身はこの洋館の主と感性がどうも同調しそうにない、一颯はそう思った。



「それでは一颯様。まずはどうぞ、こちらの方へ」

「あ、はい……」



 健之助に案内された一室もまた、内観が豪華絢爛だったのだからここも例外にもれることがなくて当然だ。

 十畳以上はあろう空間は返って暇を持て余す。


 天幕付きのダブルベッドも、生まれてこの方はじめて目にしただけに、一颯はつい「おぉ……」と、感嘆の声をもらしてしまう。



「本日から一颯様は、こちらのお部屋を使ってください。基本的な家具は一応揃っております。後の模様替えは一颯様がお好きなようにしてくださって構わないと、すでにご主人様から許可は出ておりますので」



「は、はぁ……」と、一颯はそうとしか言えなかった。


(こんな部屋もらってもなぁ……さすがに落ち着けないぞ)


 単なる宿泊ならば特に問題はなかった。高級な部屋に泊れた、ラッキーだぐらいにしか一颯も思わなかっただろう。

 だがずっと住み込みで、となると話は変わってくる。これまでがずっと質素な生活だっただけに、いきなり高級感あふれる一室は返って息苦しさを憶えた。



「荷物を置いたら、早速ご依頼について詳しいお話をさせていただきます」

「……あの、ここまでついてきておいて今更ですけど。本当に俺なんかで大丈夫ですか?」



 一颯の不安は相変わらず継続中である。

 細かな作業も不得意というわけじゃない。必要であるならばなんだってやってみせる。

 しかし、自信がまるでないのは今も変わらなかった。



「ご安心ください、そこまで難しい仕事ではございませんので。一颯様にはお嬢様達のお世話を……もとい、日常的なサポートをしていただきたいのです」

「お嬢様のサポート、ですか?」

「えぇ。この屋敷の主であり私……いえ、私達のご主人様には三人のご息女がおります。ただ、生まれた時から難病を患っていまして……あぁ、こちらへどうぞ」



 健之助に案内された部屋は、さっきの部屋よりかはやや狭い方だ。

 応接室なのだろうか……。相変わらず高価そうな装飾品に関心しながら、一颯は健之助と向かい合う形でソファーへと腰を下ろした。



「――、一颯様。この後の予定ですがまずは館内の方をご案内させていただくのと、働いていただくにあたりいくつかの注意事項もお伝えさせていただきます。それと服装についてですが、基本こちらの方に着替えていただきます」

「……まぁ、なんとなくそうなるんじゃないかなぁとは思ってたけどさ」



 一颯の視線の先には、きちんとたたまれた衣服があった。

 それが何かをあえて確認する必要もあるまい。黒を主としたそれは、健之助が現在着用しているものとまったく同じ物なのだから。

 いくら雇われたバイトだとしても従業員――ここじゃあ執事にんるのか――と、なるからには当然、身嗜みの好き勝手は許されない。



「これ、着なきゃいけないんですよね……」

「もちろんにございます」と、健之助は静かに首肯する。

「……わかりました。後で着替えます」

「では次に、一颯様が担当していただくお嬢様達ですが――」



 不意に、応接室の扉が独りでに開いた。

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