ウチのお嬢様達は不安定~お嬢様、とりあえずその触手っぽいの下ろしてもらえますか?それから浮気ってなんですか?

龍威ユウ

序章:借金から始まるニューライフ

第1話:【驚愕!】当選金額なんと-3億円ッッ!!

 今の心情を包み隠さず吐露したとすれば、それは驚愕の二字がもっとも相応しかろう。



「あのですね、いやそりゃあウチは確かに何でも屋をしておりますよ? だからってそのですねぇ、身の回りの世話をしろっていうのはちょっと管轄外と言いますか……」



 曰く、赫鉄かくてつの代行者――高額の報酬であれば、例えどれほど困難な依頼であろうと必ず完遂するフリーランスの何でも屋。

 つい最近の功績を挙げるとすれば、たくさんの人質と共にスーパーを占拠した50人の武装グループを、たった一人で鎮圧している。

 警察や特殊部隊でさえも手を焼いた相手を、齢20すぎの若造が一人で解決したのだから当然世間の注目は彼の目に集まった。


 雲一つない快晴がとても美しい、昼下がりの頃。

 さんさんと輝く太陽は眩しくも暖かく、その下では小鳥達が優雅に泳いでいる。

 時折頬をそっと、優しく撫でていく微風はほんのりとまだ冬の冷たさを帯びているも、それが返ってちょうどいい。

 休日というだけだって、本日は正しく平穏そのものだ。

 ピクニック日和だと言っても過言じゃない。


 そんな中で赫鉄かくてつの代行者――もとい、大鳥一颯おおおとりいぶきの下に、一人の来客者がここ【熟慮じゅくりょDANGO】に訪れた。


 改めて一颯は依頼者をジッと見やる。

 歳は60代前後白髪と白髭が大変よく似合う、穏やかな老人という印象が強い。

 ただし彼の身なりは一般的ではなく、黒を主とする制服をピシッと着こなしていた。


(どこぞに仕える執事様ってところか……)


 一颯は今日の予定――もとい、依頼がない日は基本すべて休日のようなものであるし、特にこれと言った予定も最初ハナからないのだが――の一切をキャンセルして、オーナーとして来客者の対応に当たった。


 ――本日はどういったご用件でしょうか?


 と、開口一番に尋ねたのは一颯である。

 仕事の依頼に来ているのだから、余計な雑談は時間の無駄というもの。

 用件は短くかつ丁寧に。一颯はさっさと依頼を受けようとした。

 しかし、そこからがなかなか話が難航したので現在いまも一颯の顔には徒労が色濃く孕んでいる。


 ――どうか、依頼を受けてくれませんでしょうか?

 ――えぇ、ですからどんな依頼でしょうか?

 ――引き受けてくれるのですね?

 ――それは内容次第です。だからまずは具体的な依頼をきちんと説明してください。

 ――それは引き受けると仰ってからです。

 ――なんなんですアンタ。


 と、頑なに依頼内容を告げない執事に一颯の方がすっかり根負けしてしまった。

 もうこの時点で、明らかに普通じゃない依頼と察するのは至極当然だが、そうとわかっても一颯に断るつもりは毛頭ない。

 一颯には今回の依頼を断れない理由があった。

 そうして初老の男より告げられた依頼内容で現在、大いにもめていた。



「あなた様は先程依頼を受けて下さる、とそう仰ってくださったではありませんか」

「いや、確かに受けるとは言いましたよ? けどね、そもそも最初から依頼内容をきちんと言ってればこんなに揉めることにはならなかったと、俺はそう思うんですけどね」

「やれやれ……このようなお方だったとは。どうやら私のような高齢者にはぞんざいな泰地を振る舞われるらしい」

「なぁ、これ俺が悪いのか? まったく悪いって要素ないよな? できないからできないって、ただ答えてるだけでえらくボロカスに言ってくれるなアンタ」



 一颯に持ち掛けられた依頼というのは、対象の身の回りの世話だった。

 つまりは、依頼主であるこの初老の男が仕える主人の従者になるもの、それが今回一颯が頑なに拒否する依頼内容である。

 まず一番重要な点であるが、誰かの身の回りの世話など一切やったことがない。

 ただでさえ私生活でいっぱいいっぱいであるのに、どうして他人の面倒まで見れよう。

 家事能力については、長年ずっと一人暮らしだった。それこそ一颯には幼少期から両親を早くに亡くしているし、誰しもが甘えた盛りな頃から自分の力だけで生き抜こうとする、タフな少年だったと彼を知る関係者は口にする。


 だから人並みにはできる。一颯もそう自負していた。

 あくまでも自分だけだったならば、の話であって他人の前で堂々と胸を張って披露できるだけの技量でないのは語るまでもなかろう。


 とてもじゃないが執事など未経験の領域であるし、務まる姿がまったく想像できない。

 それ故に一颯はさっきからずっと拒否しているのだが、この初老の男は頑としてかぶりを振ろうとしない。



「報酬はいいですよ?」

「いや、報酬がよかろうがなんだろうが、できないものはできないんですって。いくらなんでも無理があるって普通わかるようなもんでしょ」

「私は、あなた様ならばできると思っているのです」

「……ちなみに、その根拠は」

「そうですね……しいて言えば、長年生きてきた勘、というやつでございましょうか」

「か、勘……? そんなあやふやなものでウチを選ばれても困るんですけど……」

「どうしても、引き受けてくださらないと?」

「そりゃあなぁ……」と、一颯はガシガシと頭を掻いた。



 余談ではあるが、今回初老の男が提示した金額は10万円である。

 ここで間違っていけないのは日給ではなく時給。

 つまり9時間労働すれば単純計算しても一気に80万円もの大金が手に入る。

 介護施設や病院勤務でも、ここまで高額な収入というのは恐らくどこを探してもなかろう。

 それだけ魅力ある案件を、一颯が頑として首肯しなかった。

 単純に自分ができそうにない依頼だから、むろんこれも理由の一つである。

 本音を吐露すれば、依頼主だけでなく対象となる人物にも迷惑をかけたくなかった。


 どれだけ高額な収入であろうと、世話をするということはすなわち、人命に大きく関わるということも意味する。

 ちょっとした判断ミスが取り替えしのつかない事態を招く、そう言った可能性だって十分にありえるのだ。

 自分自身のためにも、相手のためにも、安易な気持ちで受けてもいい依頼ではない。それが一颯の下した結論であった。



「――、左様ですか。そこまで断れてしまったとあっては、これ以上お願いすると言うのも失礼というもの。私はここで引き下がらせていただきます」

「本当に申し訳ない。護衛とかだったらいいんですけど、さすがに世話ってなると……」



 不意に、軽快な電子音が室内に反響した。

「私……ではありませんね」



 初老の男のスマホの画面は真っ黒なままだ。



「あ、俺みたいだ――ちょっと失礼」



 一颯は電話に急いで出る。


「もしも――」と、彼が最後まで言い切るよりも先に受話器越しからけたたましい怒声が響いた。



《ちょっと一颯! アンタいったいどういうつもりなの!?》

「ちょ、いきなりなんなんだよ。なんでそんなに怒って――」

《なんで、ですって? それだけのことをアンタがしでかしたからに決まってるじゃない!》



 電話の相手はひどく怒った様子なのは火を見るよりも明らかだった。


 仲介屋――裏家業をする者にとって彼、彼女らの存在は決して欠かせられない。

 いわばビジネスパートナーであり、依頼の成功率が高い分だけハイリスクハイリターンな依頼が多く回り、仲介屋も凄腕の仕事人を紹介するとして利用率が高くなる。


 そんなパートナーである、夢見花音ゆめみかのんが怒り心頭であるから一颯は大いに困惑した。



「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。いったい何をそんなに怒ってるのか、マジで心当たりがないぞ?」

《はぁ? アンタそれ、本気で言ってるわけ!? この間私が紹介した仕事があったでしょ!?》

「お前から紹介してもらった仕事だって?」

《とぼけたって無駄よ! アンタがド派手に暴れまわってくれたおかげで、施設はほぼ崩壊。依頼者クライアントはカンカンで多額の弁償代を請求してきたんだから!》

「ちょ、ちょっと待て。俺、以前武装集団を壊滅させた依頼以降お前からは何一つ受けてないぞ?」



 一颯は激しく動揺した。

 花音の憤怒の根源は依頼の大失態からきているが、当の本人である一颯に該当する記憶は一切ない。


 つまり彼からすればこれは立派な言い掛かりでしかないが、花音がそれで「そうなの」と、納得したいのは明白である。



《とにかく、この請求はすべてアンタにするんだからね! せいぜい3億……しっかり用意しておきなさいよ!》

「ちょ、ちょっと待ってくれ! さ、3億だと? そんな大金払えるわけが――」



 一颯が言いきるよりも先に、受話器からは無慈悲にプツッ、という音が鳴った。

 その後はずっとプー、となんとも虚しい電子音が奏でられるばかり。



「おいおいおいおい、マジかマジかマジか……」



「あのぉ、いかがなさいましたか?」と、初老の男が心配そうに顔を覗き込む。


 今の一颯の顔はお世辞にも穏やかとは言い難かい。

 顔からは血の気がさぁ、と引いてひどく青白かった。



「……すいません。さっきの依頼についてなんですが」

「もしかして、受けてくださると……?」



 にこりと微笑む初老の男に、一颯は力なく首肯した。



「でも、俺本当にそう言った経験ないですよ? それでも大丈夫なんですか?」

「その辺りについては、どうぞご安心ください。この私めがしっかりとレクチャーいたしますので」



「……それじゃあ、わかりました。さっきは一度断ってしまいましたが、ここは一つ有難く受けさせていただきます」と、一颯は深々と初老の男に頭を下げた。


(だけど、本当にどうなってるんだ? マジで身に憶えがないぞ……!)


 いくら思考を巡らせたところで、事態が好転するはずもなし。

 正直に言えば納得なんてものはまったくできちゃいない。しかしこのままではこの業界から干されかねない危険性も浮上した今、是が非でもやるしかない。

 必ず今回も完遂させてみせる……。

 一颯はすこぶる本気でそう、自らの心に固く誓った。

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