昔話
「そんなに大した話じゃないんだ」
そう前置きを入れてコンセイユは僕の隣に腰かけて、雑草を握った。
「お前は知らないかもだけどさ、前に一度第一王子がここに来たんだよ」
「……殿下が?」
「ああ、そんでさ、その時の領主が……あ、お前の父ちゃんじゃないぞ、その前のやつが……俺の母ちゃんを殺しかけたんだよ」
そう言ったコンセイユはぶちぶちと雑草を引きちぎって、それを前に投げた。彼の目には当時の光景が映っているのか、歯を食いしばっている。
「彼奴の乗ってた馬がさ、母ちゃんを蹴り飛ばしてさ、そんで母ちゃん吹っ飛ばされて、当たり所が悪かったら死んでたかもしれないんだ」
「それで、父ちゃんも許せないって怒鳴り込んだけど、聞く耳を持たないどころかうちの家畜を数頭殺された」
この話は知っている。とある牧場主が領主の不興を買って不当に苦しめられている、と、僕のところにも報告が上がっていた。ただ、それがコンセイユだったとは今初めて知った。
「泣き寝入りするしかねえって話してる父ちゃんと母ちゃんの話を聞いて、俺は許せなかったんだ。そしたら、あの領主の客が来るって聞いて、それが子供だっていうから俺、そいつの馬車に火を投げたんだよ。死ぬとか当時の俺にはまだわかってなくて、痛い目に遭わせてやろうってそんな気持ちでさ。貴族ならみんな変わらねえだろって。貴族なら何してもいいだろって」
確かに、何者かに襲撃されたなあと思い出す。あれもコンセイユだったのか、とある意味感心する僕をよそに、コンセイユの顔は険しくなっていく。そんなに思い詰めなくてもなあ。
「夜、通りかかるのを待って、火が付いた棒を投げたんだ。火は、つかなかった。でも馬は暴れてどっかに行くし、御者が落ちて怪我をした。それに、近くの茂みが燃えて騒ぎにもなった。俺は怖くて名乗り出なかった。父ちゃんは、気づいたみたいで俺の事を叱った。それで謝りに行こうと俺を引きずって領主のところに行ったんだ」
確かに、あの日御者を任されていたディディエは災難だったけれど、彼奴も酒を飲んだまま仕事をしたり、城の金に手を付けたりしてたからまあ天罰だよな、なんて当時の僕も笑ってたくらいだし、むしろあの程度で済んでよかったよな?って圧を掛けるいい材料になった。コンセイユは僕の知らないところで昔から成果を上げていたんだな、なんて。もはや涙ぐましいよ。絶対に伝えないけど。
「領主は怒って俺の事を処刑するって言ったんだけど、その場にいた客人がさ、俺に言ったんだ」
「“子供のしたことです。それに、責められるべきは彼ではないでしょう”って」
確かに、そんな事を言ったような気もする。
……一々自分の発言を覚えてる人間なんてほとんどいないでしょう。僕だって例外じゃない。それに、この体からしたら数年前の出来事かもしれないけれど、中身からすれば九十年も前の話だからね。無理ってもんだよ。
「それからその人は、領主の不正を暴いて、俺たちのために冬を超えられるだけの貯えをくれた。それから、新しい領主もな」
コンセイユはそう言うと僕を見て笑った。その顔にそれまでの険しさはない。
「俺、それまで貴族は皆変わらないって思ってた。でもあの人だけは違った。俺、迷惑かけたのにさ……だから、今度はあの人のために働きたいんだ」
「それが、第一王子だったってことだね?」
「ああ。俺より年下なのに、いろんなこと知っててさ、俺なんてまだ手伝いばっかりで仕事も任せて貰えてないんだぜ?それなのにあの人はもう大人と渡り合ってるんだ」
そこまで言って、コンセイユの表情が陰った。
「そんな凄い人に、俺の力なんて必要ないよな」
「……それはどうかな」
僕は立ち上がってコンセイユの前に立つ。丁度僕の後ろに太陽があるせいか、見上げたコンセイユは目を細めた。
「僕の秘密、話すって言っただろ?」
「……いいよ、別に俺だって誰かに聞いてもらいたかっただけさ、胸に刻みつけるためにさ」
「まあそう言わずに。僕はね、実を言うと領主の息子じゃないんだ」
「はあ?!」
「ははっその反応懐かしいな」
前世で僕が第一王子だと知った時のコンセイユとそっくり同じ反応をするものだから、僕は笑ってしまう。
「じゃ、じゃあお前誰なんだよ!養子って事か?それとも、領主様を騙しているのか?」
飛び上がって僕に詰め寄るコンセイユを、まあまあと窘めて決めポーズをとる。
「僕こそが、この国の第一王子クリーデンス・ノア・シプリアン・ビゼーだよ」
――決まった!前世から一度やってみたかったやつ。“コノインロウガメニハイラヌカ”的なやつ‼
一人盛り上がる僕とは対照的に反応の薄いコンセイユが気になって声を掛ける。
「ど、どうしたの?そんなに驚いちゃった?まあそうだよね~僕って溢れ出す高貴なオーラを隠すのが凄く上手いからさ。いやでもさっきの話は驚いたな~まさかあの火を放ったのが君だったなんて。別に実害は無かったし目的は別にあったから良かったんだけどさ……」
「待てよ!意味わかんねえよ!お前が第一王子?そんなわけ……だってお前の父親は領主様で……だとしたら領主様は王様?」
「だから言ってるでしょ?彼は父親じゃないんだって。彼はクロヴィスと言って、僕がここに滞在している間は僕の執事をしているんだ。もちろん領主としての仕事も一部は任せているけれど、ここの領主は実質僕なんだよ」
僕からの怒涛の種明かしにとうとうコンセイユは泡を吹いて倒れてしまった。
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