グリム
とある庭園。様々な花が咲き乱れる庭園には不思議な事にどんな花も一輪だけ咲いていた。そこを手入れしているのは人の形をした発光体で、それは全ての花に丁寧に水をやる。それから、時折間引いてはちらちらと薔薇の花壇を気にしていた。その花壇には三輪の薔薇が咲いていた。他は一輪ずつなのに、薔薇だけは例外だった。けれども、発光体が再び目をやった時、三つのうちの一つが枯れてしまった。
「そう簡単にはいかないか」
発光体は肩を落として枯れた一輪を手に持っていたバケツに入れる。残った二つに「頑張って」と呟くと発光体は道具入れの方に歩いて行った。
「グリム・リーパー?」
それはいつの記憶だったか、まだ幼いガーランドが父親に手を引かれて遊びに来た日だったと思う。彼は一冊の本を持ってきて、私に
「人の命を刈り取る存在の事だ」
「命を刈り取る?」
「そう、譬えるなら庭師のようなものだ。花のように儚い、人の一生を一番美しい時に刈り取ってくれるんだよ。私の花は刈り忘れてしまっているけれど……」
私の命の刈り時はあの日だったのに、今もまだ恥を晒して生きている。それでも死ぬ理由も無いが。不思議そうに私の顔を覗き込む少年と目が合って、私はその柔らかい栗毛色の髪を撫でた。
「そんな事よりケーキを食べよう。お前の好きな人参がたっぷりと入っているぞ」
「うえーっ」
舌を出して嫌がる彼の手を引いて私は厨房に向かった。
「……ここは?」
目を覚ますといつもの天井だった。私はこれまでのすべてが夢だったのだと悟って目を閉じる。やはり、タイムリープなど夢物語だったのだ。それでも、もう今は亡き愛する人々に夢の中だけでも会うことができてよかった――。
「いつまで寝てるのよバカ王子‼」
「え?!」
聞き覚えのある声に怒鳴られて僕は飛び起きた。そこにいたのは幼いゾエ。彼女は目元を真っ赤に腫らしてアメジストの瞳で僕を睨みつけていた。でも、その訳を知っている僕にとっては、それがどれほど愛らしい表情なのか理解できる。ニコニコする僕にゾエは「なによ!」とほっぺまで真っ赤に染め上げる。
「殿下になんという口の利き方をするのだ‼」
「お父様‼」
ゾエの背後から現れた侯爵は僕の前だというのも忘れて、慣れた口調でゾエを叱る。小さくなりながらも「だって、それは……」と何とか反論を試みるゾエ。その姿が懐かしくて僕は笑ってしまった。
「はははっアンリール令嬢は快活で素晴らしいご令嬢ですね」
「なにそれ嫌味?!」
「こらゾエ!……殿下本当に申し訳ありません。ゾエのお転婆のせいでこんなことに……」
素直な気持ちを伝えればゾエは勢いを取り戻して僕に噛みつく。当然侯爵が黙っているわけもないのだが。すっかり僕に対して小さくなっている侯爵に気にしていないと伝えればその大きい体を一層小さくして僕に謝罪してきた。申し訳なくなって視線を逸らせばその先でゾエが下唇を噛み何かを訴えるように僕を見る。
「本当に僕は気にしていません。それどころかアンリール令嬢の優しさに胸を打たれたほどです」
微笑みかければ侯爵は僕とゾエの顔を見比べて「殿下がそうおっしゃるなら……」とそれ以上の言葉は飲み込んでくれた。念を押すようにゾエの事を見るがそれは父が子にするようなやわらかな眼差し。
そもそも、僕がこうなった原因はゾエでは無い。おそらく侯爵の耳に入ったのは昨晩ここで開かれた僕の生誕パーティーでゾエが僕を噴水に突き落としたというものだろう。しかし、正しくは違う。昨晩何やら揉めるような声が庭先から聞こえてきたので僕の方からゾエの元に向かった。そしてとある令嬢に突き飛ばされそうになったゾエを僕が庇った。それだけの話だ。ただ、目撃者の僕が今まで寝ていたし、その令嬢だって素直に犯人だと名乗り出るわけが無い。大方彼女のわが身可愛さの嘘に侯爵を含めて皆騙されていたのだろう。ゾエの気持ちもわかるが、彼女はもっと人に頼るべきだと知る方が良い。一度ゾエに視線を向けると、彼女は「やめて」と目で訴えかける。
「それよりもアンリール令嬢こそご無事ですか?カーター嬢やメルン嬢、エテルカ嬢と何やらもめていたようでしたが……?」
「それ以上言わないで!」
僕の問いかけにゾエは顔を真っ赤にして怒る。けれども既に侯爵は事態を理解したようで、僕への挨拶もそこそこに先ほど名前を挙げた貴族家のところに飛んで行った。部屋に残る僕は頬を膨らませて怒るゾエに「ダメだった?」と尋ねる。ずるい聞き方だとはわかっているけれど、彼女の本心を引き出すための必要な手順。ゾエは首を横に振り僕のベッドに腰かけた。
「……心配かけたくなかったのよ。子供同士の事でお父様の手を煩わせたくなかったの」
ゾエの気持ちは分かる。彼女の言う通り、自分の力で解決できるのなら、その方が良い。けれど、結論から言うと彼女はできなかった。それが後まで引きずると、彼女は知らない。だから、全てを知っている僕が阻止するしかない。
「それはすまない事をした」
幼い彼女の大人びた眼差しに僕も素直に謝る。彼女は視線だけ僕に向けてそして唇を尖らせた。ああ、本当にやることなすこと全部かわいくて仕方がない。
「それに、貴方の事だって巻き込みたくなかったわ。だから……」
「ふふっちゃんとわかっているよ。君が心の優しい人だってことも、不器用だってことも。だからね僕からお願いがあるんだ」
一度目の人生では言葉にできなかった。二度目の人生では失敗した。だから三度目の正直として、僕は君にこの素直な気持ちを注ぎたい。ありったけの気持ちを。
「……なに?」
少し身構えるゾエは大粒のアメジストを輝かせてそこに僕を映す。安心を促すように、僕は目を細めて口角を上げた。
「僕の婚約者になってほしい」
どうせこの後、両親の勧めで決まる事だけれど、それよりも早く僕は彼女にこの気持ちを伝えておきたかった。親が決めたからではなく、僕が僕の意思で彼女と共に歩みたいという気持ちを。彼女は頬を赤くして「やっぱり、貴方は大バカ者よ」と小さな手で顔を覆ってしまった。
二度目のはじめましてはどうやら成功したようだ。
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