過誤

「クリーデンス殿下!どうかなさいましたか!」

 駆けこんでくる付き人のコンセイユは遠い記憶に眠る彼そのもので僕は懐かしさに抱き着いてしまった。彼は僕よりも早くに亡くなってしまったものだから思いがけない再会に僕は涙ぐむ。けれどもコンセイユは僕が気でも触れてしまったのだと思ったらしく、僕から一定の距離を保って心配してくれる。

「ああ、そうだ。今日はいつだ?」

「はい?」

 僕の問いかけにコンセイユは顔を顰める。「いいから早く」と促すと「カシオン歴五百六十二年の七月三日ですが」と答える。その日付に、僕は頭を抱えた。

 ――日付で聞いてもわかるわけがないじゃないか!

 けれども堅物コンセイユは気が利かないから僕が求める答えはくれない。少なくともゾエが生きていることくらいしかわからない僕は流れに身を任せるように支度を済ませて学園へ向かう馬車に乗り込んだ。

 その最中、僕は頭の中を整理する。僕はあの日ゾエの墓の前で死んだ。そしてゾエを失うまでの流れを“誰か”に話した。そして、その誰かが僕にこういったのだ。

“チャンスは三度”と。

 こうして過去に戻って来れたと言うことは恐らく三度までしか戻ってこれないという意味だろう。僕は震える手を握りしめてゾエの元へ向かった。

 けれど、午前中はゾエに話しかけることができなかった。鬱陶しいくらいに弟のトリスタンが僕の周りをうろつくからだ。この弟も僕が殺したあの日から会うのは久しぶりだが、抱擁どころかパンチをお見舞いしてやりたいくらいにいけ好かない。けれど、それよりも今はゾエと話し合わなくては。

 僕は昼食の時間にようやくゾエを探しに中庭に出た。

 この時間の中庭はいつも込み合っていて、僕は数多くいる生徒の中からゾエを探す。けれど、やはり姿は見えなかった。仕方なく人の少ない日陰に移動しようとしたとき、大きな樹の下に置かれたベンチに座るゾエの姿が見えた。

「ゾエ!」

 僕は駆け寄って彼女の身体を抱きしめる。会いたかった愛おしいゾエが今目の前にいる感動に僕は胸が溶けそうな心地だ。ゾエの言葉も聞かずに僕は抱きしめてキスをする。

「おやめくださいクリーデンス様‼」

「そうですよ兄さま!人が見ます‼」

 二人に引き剥がされて僕はようやく周囲を見た。それまで人もまばらだったのに、いつの間にか闘技場のように僕たちを取り囲む人垣ができていて、僕はゾエの手を引いて二人になれる場所を探した。

「手を放してください!」

 ようやく人通りの少ない旧館の渡り廊下に差し掛かった時、ゾエに手を払われてしまった。彼女は息を切らして、けれども僕と目を合わせようとしない。僕は彼女のアメジストみたいな瞳が好きなのに。

 そっと彼女の白い頬に手を添えて目を合わせる。彼女は驚いたように僕の手を払おうとするが、僕はそれでも手を離さなかった。やがて彼女は観念したように手を下ろすと「どういうつもりですか?」と目を伏せた。

「どういうつもりかと問われれば、僕の目を見てくれと言いたかった」

「ふふっなんですか、それ」

 彼女のこの顔を久しぶりに見た。僕はその顔を目に焼き付けようとじっと見つめる。それに気づいた彼女は再び目を伏せたが、それでもわずかに頬に紅がさした。

「僕たち、最近話すことが減ったと思わない?」

 僕の問いかけに、彼女は唇をきゅっと閉じると「そうですね」とだけ答える。

「僕に悪いところがあるなら言って欲しい。僕は君を愛しているし、君のためなら弟の命だって安いよ」

 僕の言葉にゾエは喜ぶどころか震えていて、そんなつもりでは無かったのにと肩をすくめる。

 未来が分かっているせいでやりにくい。けれど、未来が分からなきゃゾエを救えないのだ。もっとうまくやらなければ。

「ごめんね、怖がらせたいわけじゃないんだ。ただ、ゾエが僕との未来に不安を感じているのなら何でも話してほしい。僕はゾエの事を愛している」

 必死な言葉が逆効果になっている気がしてならないけれど、真っすぐに何度でも伝えよう。そうすればいつかは分かってくれるはずだ。

 休み時間の終了を知らせる鐘がなり、僕たちは教室に戻った。僕は授業が終わると真っ先にゾエの元へ向かい、家まで送った。それからまた明日と挨拶をして城に戻る。

“また明日”そう言える幸せを噛みしめながら、僕は眠りについた。


 ――だというのに、これは一体どういう事だろうか。翌朝彼女を迎えに行けば冷たくなった彼女の元へ案内された。毒を飲んだ彼女の傍らにはそうするに至った理由の書かれた紙が落ちていたという。

 彼女の性格を写したように繊細な文字で書かれた手紙には、トリスタンにされたこと、僕を愛している事、だからこそ僕の傍に自分はいるべきでないと覚悟したことなどが書かれていた。目の前が真っ白になって、止める侯爵の言葉も聞かずに僕はまだ部屋で寝ていた弟の元に向かった。

 寝ぼけた弟は「どうしたの兄さま?」なんてのんきな声を出した。弟に身を穢された後だったなんて思いもしなかった。それが行われたのは僕が距離を置いた後だとばかり――。その僕の思い込みが彼女を追い詰めてしまったのだ。僕は弟を殴り、奴隷を躾けるための棍棒を串刺しにするように刺してやった。今回はこれで死ななかったようだが、僕は気が収まらず、ハルフェン嬢の元にも乗り込んでやった。これは完全に八つ当たりなのだが彼女はスパイだったから周りからは称賛された。その上トリスタンにしたことは愛するゾエの父親からの証言もあり同情が集まったために不問。もちろん普段からの僕の人徳もあったが、ゾエのいないこの世界になんの意味があるというのだろうか。僕は沙汰が出た後、弟に全てを託して喉を掻き切った。今度こそ、彼女のいる未来を願って。

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