第3話 ①隣


空に大きな月が浮かんでいる。


辺りはもう夜だ。


ウェインライト城の、王女の部屋。


寝台の上でマリアは枕を抱いて泣いていた。


その隣にはルシファーが横になって、彼女を見つめている。


マリアは混乱していた。


何故、父が殺されなければならなかったのだろう?


何故、ウェインライトの人々の命が奪われたのか?


何故、隣にいる男は自分を殺さないのか?


何故、自分には力がないのか?


力がなければ戦うことが出来ない。


逃げることも...。



「私は泣けとは言っていない。荷物をまとめろと言ったのだ」



ずっと黙っていたルシファーが、しびれを切らしたのか、口を開いた。


マリアはリュヌに眠らされ、目が覚めた時には自分の部屋にいた。


そして隣にいたルシファーに「万魔殿に連れて行くから荷物をまとめろ」と言われたのだった。


マリアは彼の顔を見た。


やはり誰かに似ている気がする。


ウェインライトの人々を殺した相手なのに、何故か憎む気持ちになれない。


何故か彼を恐ろしいと思えない。



「万魔殿って...?」



マリアはルシファーに尋ねてみた。


何をきいても怒られないような気がした。



「私の城だ。美しい城...きっと君も気に入る」


「どうして私を連れて行くの?」


「君は私と結婚するんだ」



マリアは困惑した。


初めて会ったはずの男に、何故こんなに熱い目で見つめられなければならないのか。



「私と結婚して何があるの? ウェインライトは滅んだも同然なのに」



ルシファーは笑った。



「政略結婚が全てだと思ってるのか? 私はただ、君を愛しているだけだ」



そう言って優しくマリアの頭を撫でる。


わからない...何故、彼は私を気に入っているのか?



「私は...あなたと会ったことがあるの?」


「ああ。遠い昔...。君が覚えていないのは仕方がない。


思い出さなくてもいい。ただ、君は私の隣にいて、私を愛してくれればそれでいい」



次々と疑問が生まれた。


いつ会ったのか?


ここまで気に入られるようなことを自分はしたのだろうか?


納得が出来ない。


もし納得したら...この人と結婚する気になるのだろうか?


いや、そんなことより、シュヴァリエは?


シュヴァリエは今どうしているのだろう?


生きているのだろうか?


シエルは?



「シュヴァリエはどうなったの?」



マリアがそう聞くと、ルシファーの優しい笑顔が一瞬で消えた。



「あいつを愛しているのか?」



ルシファーの機嫌を損ねさせても良いことはない...マリアは彼の誤解をとくことにした。


力を持っていない弱者は、強者を怒らせてはいけない。


生き延びたいのなら。



「シュヴァリエは...子供の頃からずっと一緒なの。兄のような存在よ。家族を心配して当然だわ」


「家族...」



ルシファーは目を細めた。


疑うように。



「あなたにも家族はいるでしょう?」


「私は天使だ」



言われてマリアは思い出した。


彼は人間ではなく、堕ちた天使だ。


ルシファーは有名で、この世界に生まれた者なら誰もが知っている。



「でも、ルシファーにも弟が...」



マリアは途中で言葉をとめた。


彼は双子だ。


ルシファーは天界で女神に反逆した際に、弟と戦い敗れた。


そしてその弟が、新たな天使長...ミカエル。


争いあった二人に家族...兄弟愛というものはあるのだろうか?



「弟は嫌いだ」



ルシファーは恐ろしく冷たい表情で言った。


今の彼に何かを尋ねる勇気は起きない。


これ以上話をしたら殺されてしまいそうだ。



「こそこそ盗み聞きしないで入ってきたらどうだ?」



ルシファーは開いていた窓に向かって言う。


バルコニーで隠れていたのか、一人の男が入ってきた。


ネージュだ。



「何しに来た? 母親の元にいなくていいのか?」



ルシファーはネージュを睨みつける。



「母上から、全て聞いた。自分が何者なのか。母の正体も、母の企みも...」



ネージュの左頬が光った。


アルムの紋章だ。


彼の手に剣が現れる。


柄が長く、柄頭に水晶がついており、杖のようでもある。



「それで?」


「俺は...お前を殺せる」



ネージュが敵意むき出しの目で答えた。


ルシファーは大きく笑う。



「確かに、お前は私を殺せる能力だけは持っている。だが、その前に技術が足りない。


能力を使いこなす技術がなければ意味ないのだ。ここでお前と戦ってもいいが、お前は私に傷一つつけられずに死ぬだろう」



自信満々に堕天使は言うが、はったりでは無さそうだ。



「何のために私と戦う? お前達は政略結婚。


お互いに愛し合ってはいないだろう。私の望みは彼女だけだ。


お前の母親の『企み』はどうでもいい」



ルシファーは余裕そうに、寝台に横になったまま言った。


企み...リュヌには理由があったというのだろうか?


ウェインライトを滅ぼす理由が。



「俺は母にはつかない。母に殺されてもいい。


母に反対だ。マリアは...幼馴染だ。


友達を見捨てて一人だけ逃げることは出来ない」



ネージュとマリアは目が合った。


そこには男女の愛情はなかったが、友情は確かにあった。

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