第2話 ⑤死ねない体


リリスは自分の両手首を見た。



「私もそうなの。どんなに傷を負ってもすぐに治ってしまう。死にたくても死ねない体なの」



自傷癖でもあるのだろうか?


シュヴァリエの視線に気付いて、リリスは自分の手首を見せたが、確かに傷跡は無かった。


彼女が本当に手首を切ったことがあれば、の話だが。



「ここであなた達を逃がしてしまったら、私は罰を受けるわ。死んだ方がマシって思えるような罰を」



ゆっくりと近寄ってくるリリスに、シュヴァリエは警戒した。



「お願い、私を殺して。罰なんて受けたくない。


あなたとまともに戦っても勝てそうにないわ。逃げるなら私を確実に殺して」



彼女の目は本気だった。


よほど「罰」というものが怖いのだろう。



「仮に、あなたの話が本当だとして...どうやってあなたを殺すんですか。すぐ治ってしまう体をどうやって...」



シュヴァリエにそう言われて、リリスは少し考えた。



「そうね...例えば、首を切るとか」



死ぬことに関しては、なんの恐れもなさそうだ。


シュヴァリエのアルムの紋章が光り、彼の手に剣が現れた。


迷いは無かった。


怪我をしてもすぐに治ってしまう体...首を切られたらどうなるのか興味があった。


リリスと違って「死にたい願望」は無いが、自分の弱点を知る為にも、彼女の首を切ったらどうなるのか興味があった。


どの道、ここから逃げるには彼女を倒さなければならない。


人を殺すのに躊躇いはなかった。


そうでなければ軍人になれない。


シュヴァリエはリリスの首を斬った。


一発で首は飛び、服の袖に返り血がかかった。


まるでB級ホラー映画のようだな、とシュヴァリエは冷静に思った。




*****




「うぅ...」



後ろで倒れていたシエルが呻き声をあげる。



「痛い...腕が...ひぇ...なんで...腕が折れて...」



痛みで気絶したかと思えば、痛みで起きたようだ。


彼の瞳は紫色に戻っていて、もう操られていない。



「すみません、僕が折りました。シエル様が敵に操られて、僕を殺そうとしたので」



口では謝っているが、本当に悪いとは思っていなそうだ。



「ひ、酷いよ...なんで...」


「何メソメソ泣いてるんですか。そんなに痛いのなら、早く治せばいいでしょう?」


「あぁ...そう...そういうことか...」



シュヴァリエに言われるまで、シエルは自分に「治癒能力」があることを忘れていた。


傷を治す治癒魔法...それは女神と、一部の限られた天使にしか使えない魔法だ。


シエルは「人間なのに治癒魔法が唱えられる特別な存在」だった。


28年前、マーベリック聖王国の大聖堂に四大天使が現れた。


四大天使の一人、ミカエルが赤子を抱いていた。


そしてミカエルは当時の法王に赤子を渡した。



「この赤子は人間だが、光の力を持つ。この子を育て、次期法王にせよ」



ミカエルに命じられ、法王は赤子を自分の子のように育てた。


その子供がシエルだ。


天使の言う通り、シエルは人の傷を治すことが出来る力を持っていた。


シエルは二十歳の誕生日に、法王になった。


法王になりたくてなったわけでも、国民に選ばれたわけでもない。


生まれた時からそう決められていたのだ。


シエルは本当の親を知らない。


そもそも自分が本当に人間なのかもわからない。


きっと天使達は知っているのだろうが、シエルは知る術がない。


天使は女神の言葉を人間に伝える為に、数年に一度大聖堂に現れるが、ルシファー堕天を伝えたのが最後、約20年現れていない。


怪我をしてもすぐ治ってしまうシュヴァリエ。


傷を癒す力をもつシエル。


自分の正体を知らない者同士。


普通の人間ではない者同士 。


だから二人は気が合うのだ。



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