第1話 ③月
「ルシファー…あの堕天使ルシファー?!」
ネージュは驚いた。
この世界は女神が支配している。
そしてその女神を守り、女神と共に世界を管理する者…それが天使。
ルシファーは初代天使長の名前だ。
女神に反逆し、天界を追放された堕天使。
彼は本当に堕天使ルシファーなのだろうか?
何故この場にいるのか?
予想外の出来事に混乱する。
ルシファーは片手を上げ、パチンと指を鳴らした。
「出よ、我がしもべ達よ」
彼がそう唱えると、壁や床に魔法陣が現れ、そこから沢山の魔物が這い出てきた。
貴族達は急いで逃げ出す。
逃げ遅れた者は、魔物に次々と殺されていった。
「シュヴァリエ、戦うぞ!」
シエルに声をかけられ、シュヴァリエは頷いた。
二人が念じると、シュヴァリエには右手の甲、シエルには額に紋章が浮かぶ。
それと同時に、彼らの手に武器が現れた。
この世界では、生まれつき魔力の高い者は体のどこかに『アルムの紋章』を刻む。
普段は目に見えないが、戦いの時だけに現れるアルムの紋章...紋章が武器を与えてくれるのだ。
シュヴァリエには剣...柄は黄金で、刃は青白く光る剣。
シエルには双剣...雷のごとく金色に輝く双剣が与えられた。
しかし二人の武器はすぐに消えてしまった。
どんなに念じても、もう出てこない。
「無駄よ。私の前では紋章の武器を出せない」
女性の、冷たい声が聖堂に響いた。
そう言ったのは来賓席に座っていた女性...ヴォルフィード皇太后。
つまりネージュの母だった。
皇太后は立ち上がった。
ヴォルフィード皇太后...リュヌ=ヴォルフィード。
絶世の美女といわれている。
平民であったが、ヴォルフィードの前皇帝はリュヌの美しさに魅了され、彼女を側室にした。
リュヌが側室になってすぐに正妻である皇后が自殺し、彼女が正式な妻になった。
その後、半年もせずに皇帝が何者かによって暗殺される。
皇帝の子を身篭っていたリュヌは、皇帝の死後ネージュを産むが、ヴォルフィードの国民は彼女を疑っていた。
リュヌが皇帝を殺したのではないか?
反乱が起こったが、勝利したのはリュヌだった。
彼女は恐ろしい程の魔力の持ち主で、彼女の前ではどんな武器も、魔術も無意味だった。
リュヌは国内だけではなく、他国にも恐れられる存在だが、彼女の美しさと強さに魅了され、女神のように崇める熱狂的な信者もいた。
そんな絶世の美女といわれるリュヌは、ネージュを産んでからずっと仮面で顔を隠している。
三十年、彼女の素顔を見た者は誰もいない。
口元だけが見える仮面で、ほっそりとした輪郭、口紅は紫。
編み込みアップされた長い髪は夜空色。
結婚式だというのに胸元のあいた漆黒のドレス、豊満な肉体。
三十の息子がいるとは思えない妖艶な雰囲気で、仮面をとっても、昔と変わらず美しいのではないか? と思わせられる。
リュヌは静かに、シュヴァリエとシエルを指さす。
すると二人はその場に倒れて動かなくなった。
二人の側に駆け寄ろうとするマリアを、ネージュは腕を引いて止めた。
「安心しろ。眠らされただけだ」
聖堂内をよく見ると、魔物に襲われているのはウェインライト人だけで、ヴォルフィードの貴族は静かに全員座っている。
その異様な光景に、マリアは恐ろしくなった。
「母上! 私はこんなこと聞いていない...!」
ネージュがリュヌに向かって叫んだ。
驚き戸惑っている様子を見ると、本当に知らされていないようだ。
「だって、計画を言ってしまったら…あなたは口が軽いから、ウェインライト王女に話してしまうでしょう?」
リュヌはゆっくりと歩き出し、マリア達の前に立った。
「あなたはこれが政略結婚だと、王女に話した...そうでしょう? 優しすぎるのも考えものよね」
マリアはネージュの顔を見上げた。
確かに、これが政略結婚だということはネージュ本人に聞かされた。
結婚が決まったのは半年前。
『マリア...母上は私に、ウェインライト王女と結婚しろと言っている。政略結婚をしろ、ということだ。
もしお前に、誰か好きな人がいるなら…私は無理強いしない。母上は私が説得する』
マリアはその時、ネージュにこう答えた。
『私はどちらでも構わないわ。特にこれといって、好きな人なんていないもの』
こうして二人は婚約したのだった。
「母上...これはどういうことですか?」
シュヴァリエとシエルは倒れ、他のウェインライト兵達は魔物と戦っている。
今この場で頼りになるのはネージュだけで、マリアは彼を信頼するしかなかった。
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