第1話 ②結婚式


オルガンの音色が響き渡る。


聖堂にはウェインライトの王族、北の国の皇族、両国の貴族が集まり座っている。


マリアは純白の美しいウェディングドレスに身を包んで、祭壇の前に立つ。


その姿はまるで教会に舞い降りた女神のよう。


隣には花婿衣装の『北の皇帝』。


ウェインライトより北、ヴォルフィード帝国の皇帝ネージュ=ヴォルフィード。


ネージュは昔から『美皇子』と呼ばれている程、中性的な美しい顔。


雪のように白い肌。


腰より長い漆黒の髪。


そして黄金の瞳は、長い前髪で片方だけ隠している。


その場にいた女性、誰もがネージュに見惚れた。


あの方と結婚できるなんて、マリア様はなんて幸せなんだろう。


女達は思った。


マリアを羨む者もいれば、嫉妬で憎む者もいた。


それほど皇帝は美しかった。


しかしその美しさが通用するのは女性だけ。


女の心を奪う彼の美しさは、男達には憎しみの対象でしかない。


先程からネージュを睨んでいるシュヴァリエもそうだ。



「・・・姫様が他の人と結婚・・・」



シュヴァリエは先程から同じことを繰り返し呟いている。


ネージュを睨みながら。


他の兵士達は軍服姿で立っているが、シュヴァリエは特別に王族と共に座ることが許された。


今日はマリアの側近としてではなく、来賓として結婚式に呼ばれていたからだ。




実はシュヴァリエは、十七年の王宮騎士生活を昨日で最後にしている。


マリアが北の国に嫁ぎ、ウェインライト城からいなくなるのなら、この城に残る理由はないと彼は思った。


国王やマリアに止められたが退職を希望し、結婚式の後はウェインライトを出ることを決めていた。


マリアと同じ北の国...ではなく、ヴォルフィードから遠く離れた南の国、マーヴェリック聖王国に住むことにしていた。


愛する人が他の男と結婚を決めたことに、シュヴァリエは深く悲しんだ。


一緒にヴォルフィードに行くことは考えられなかった。


いつか彼女が皇帝の子供を産んだら…祝福出来る自信がシュヴァリエには無かった。


いっそのこと遠く離れたい…そう思って南の国を選んだ。


幸い、マーヴェリック聖王国にはシュヴァリエの親友がいる。




「僕が相手になるはずだったのに・・・僕の計画が・・・」



人目も気にせずシュヴァリエは言う。



「お前・・・こういう時は、本音隠せ」



彼の隣に座っていた、パープルアッシュの髪色の男が注意する。


この男こそ、シュヴァリエの唯一の親友...シエル=マーヴェリック。


マーヴェリックの現役法王であり、元々はマリアの幼馴染だが、いつの間にかマリアよりシュヴァリエとの方が仲良くなってしまった、という感じだ。



「まあ、お前の気持ちは分かるよ」



シエルは首を縦に頷く。



「ったく、マリアちゃんのやつ、ネージュのどこがいいんだか・・・あんな奴より、俺様のほうがかっこいいっつーの」



シエルは前髪をかきあげながら言った。



「面白い冗談ですね」



シュヴァリエが無表情で返す。


シエルも美形の部類だが、美皇子には敵わない。





「ネージュ=ヴォルフィード、あなたはマリア=ウェインライトを妻とし、

神の導きによって夫婦になろうとしています。


汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、

これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」



神父がお決まりの言葉を言う。



「誓います」



ネージュは人形のような、感情の無い表情で答えた。



「マリア=ウェインライト、あなたは...」



神父はなかなか次の言葉を言わなかった。


マリアは不安になる。



「あなたは...私のことを覚えていますか?」



神父がそう言った。


誰かに似ているわけではなくて、どこかで会ったことがあるのだろうか?


思い出せない。


困惑していると、神父は優しく微笑んだ。



「フフ...そうですね。覚えてないでしょうね…」



寂しそうに言うので、マリアは申し訳なく思った。



「マリア様...あなたはあの男が何者か知っているのですか?」


「あの男...?」


「ええ、あの...あなたの側近」



マリアは後ろを振り向く。


シュヴァリエとシエルがきょとんとした顔で、こちらを見ていた。


式が進まないので、不思議に思っているのだろう。



「え...シュヴァリエのこと...?」


「神父、それは結婚式と関係のある話か?」



黙っていたネージュが、ようやく神父を咎めた。



「はぁ...こんな茶番、そろそろやめましょうよ」



神父の態度が一変し、面倒くさそうに言った。


ネージュの眉間に皺が寄る。



「なんだその態度は。誰に口をきいている」



ネージュの言葉に、驚いた様子の神父。



「...何も聞いていないのですか? クク...ククク...」



マリアとネージュは顔を見合わせた。


二人は七つ歳が離れているが、幼い頃からの仲だ。


皇帝は人形のように無表情だったが、長年見てきたマリアには、少し困っているように見えた。



「いいでしょう。教えてさしあげましょう」



神父はそう言うと空中に浮かんだ。


彼の背中から漆黒の、烏のような翼が、十二枚生えてくる。


神父は蛇のような瞳を光らせ言った。



「我が名はルシファー」

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