3-4 その日

 その日、王宮の奥の間では、高位の王宮魔術師の会合が行われていた。半年後に卒業予定の魔術師学校6年生たちの、成績及び進路審査だ。最終的な学年順位が決定するのは卒業式直前であるが、成績優秀者たちについては例年かなり早い段階から、王宮魔術師としての採用可否についての検討が始まる。

 ケインの師匠、ナギは、王宮魔術師の幹部として、その会合に出席していた。ケインは当事者であるため、次の間での待機が命じられた。


 卒業試験に合格し、ナギに付き従い修練を行うようになり1年。ケインは、自分と2歳しか違わない師匠の魔術の別格さを改めて日々感じていた。誰も口には出さないが、20歳のナギが、現在の王国では最強の魔力を持つ魔術師であることは明白だった。


(あの人に、かなうものができる日は、来るんだろうか)


 書物に目を落としながら、ケインは考える。学ぶことは多いが、全てに差がありすぎて、ナギの技術を直接取り入れることは、自分には全くできていない。

 ため息をつき顔を上げた時、足元に揺れを感じた。


(……?)


 とっさに気配を探るが、読み取れない。ただ、揺れの源は奥の間の直下にあるようだ。


「!!」


 次の間にいた魔術師たち全員がほぼ同時に立ち上がり、奥の間へ続く扉を開ける。その瞬間、禍々しい光景に目を見開く。

 奥の間は全体が瘴気に満ち、人の姿をはっきりととらえることもできない。地底から巨大なナマズのような何かがぽっかりと口を開け、今まさに瘴気に巻かれた魔術師たちを取り込まんとしていた。

 ケインがとっさに風の刃を放つより一瞬早く、奥の間の中心にいたナギの瞳が彼をとらえた。ナギの瞳が瑠璃色に光り、次の瞬間、ケインは魔術師学校の運動場にいた。



 模擬戦の最中の運動場に突如現れたケインの報告に、魔術師学校は大混乱となった。すぐに王宮へと伝令が走ったが、まったく返答はなく状況はつかめない。

 学校は休講となり、教官たちは急ぎ王宮へ駆けつける。

 奥の間は無残な空洞となっていた。立ち昇る瘴気の残気に、王宮外から駆けつけた魔術師たちは顔をゆがめる。

 その時、突然その場に、連れ去られていたはずのナギとその婚約者、マーガレット・アニサカの姿が現れた。二人の姿を見た魔術師たちは絶句する。

 マーガレットの四肢と首はねじ曲がり、心の臓の動きは僅かだった。もはや治療魔法は効果がない。

 ナギは血みどろではあったが致命傷はない。ただ、彼の魔力は全く感知できない。瞳の輝きを失った師の姿に、ケインは信じられない思いで唇をかむ。

 数刻後。

 次の間で待機を命じられた魔術師たちの前に、ナギとともに奥の間にこもっていた魔術師界の重鎮、アーノルド・アニサカが姿を現した。


「シュナギ・ユシュツカの魔力は失われた。敵に取り込まれた他の魔術師たちの命はもはやない。これより、防衛戦略をとる」


 数年前の戦闘で負傷し、一線を退いたアーノルドであるが、いまだ50代。変わらず血気盛んであり、その声は朗々と響く。


「即刻、結界を張れ。国内の残りの高位魔術師に緊急招集をかけろ」


 ぞくぞくと魔術師たちが集結する。学生であるケインは、王宮からの退去を命じられ再び学校へと戻された。




「いったい、何があったんだ」


 憔悴した様子のケインを音楽室に誘い、ロベルトは低い声で尋ねる。魔術師学校の生徒たちには帰宅が命じられていたが、黙って帰宅するわけにはいかないと、教官たちとともに王宮に向かったケインの帰りを待っていたのだった。


「ここは完全防音だから、心配ない」


 閉じられたケインの震える瞼を、ロベルトはじっと見つめる。やがて大きく息をつき、ケインの目が開いた。


「詳しいことは、わからない。恐ろしい魔力を持った魔物に、王宮の奥の間が襲撃され、その場にいた魔術師はシュナギ師を残してすべて殺された。シュナギ師は、……魔力を失ったと言われていた」


 ロベルトは言葉を失う。


「王国の高位魔術師のうち、3分の2は殺された。最高位魔術師も、次期最高位魔術師も、全滅だ。この国は、滅ぶかもしれない」


 ロベルトの目の前が暗くなる。


「俺たち、死ぬのか。まだ、何も成していないのに」


 ケインの瞳は遠くを見ている。


「あの時、あの人は、俺を選んでここに送った。あの場に俺より強い人もいたし、俺をユシュツカ家に送ることもできたのに」


 低いつぶやき。


「あの時、あの人は俺に、後を頼むと言ったんだ。俺は、それに報いたい」

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