第3話 三羽烏 -先生たちの思い出話-
3-1 三羽のカラスと一羽のヒヨコ
魔術師学校の常勤教官は6人。歴史ある魔術師学校だが、現在の常勤教官の半数はかなりの若さだ。そこには、ある理由があった。
ケイン教官の学生時代の物語。
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(何だ、こいつの防御壁)
一閃、打ち込んで、ケインはその手ごたえのなさに驚愕した。
全く跳ね返りがない。ただ、虚空に刃を打ち込むような、いやむしろ、こちらの力を積極的に無にするような、不気味な感触。
いったん間合いの外に飛び戻り、ケインは目を眇める。
(こいつは、……只者じゃない)
ソシギ。4年間同級生として机を並べてきたが、手合わせをしたのは初めてだ。全く目立たず、気にも留めない存在だったが。
ケインは静かに相手を見据える。
黒い風の向こうに透けて見える紫紺の瞳の冷徹さにぞくりとする。その目は自分の動きを完璧に追っている。
風と土の合成防御壁。それそのものも珍しいが、仕組みが分からない。全方位で自動的に攻撃吸収を行うのか、それとも攻撃箇所になんらか術を行っているのか。
(尻尾を出させる)
深呼吸しながら、右手の得物を持ち替える。風の刃の長剣。これまで試合で使ったことのない得物に周囲が軽くどよめく。同級生たちが二人の試合を窺っている。
すべての属性の使い魔4匹と、自分の剣戟、そして
感触がない。
相手はほとんど動いていない。だが打ち込んだ攻撃は一撃も届かず相手の手前で霧消する。
(少し、分かった)
再び飛び戻り、ケインは息を整える。相手から仕掛けてくる様子はない。
(こちらの消耗を待っている)
じっと動かない、液体のような固体のような防御壁。
(ならば)
練り上げられ
風の針の列に突然一本、青く燃え上がった炎の針が撃ち込まれた。
属性の違う魔力に対応しきれず防御壁のたわみが崩壊し、一気に風穴があき燃え上がる。
瞬間、風穴を長剣が貫き、ソシギの喉元に風の刃の切っ先が触れた。
「そこまで」
教官の鋭い声。
動きを止めたケインの顎からは汗が滴る。
(危なかった。……次は勝てるか、微妙だな)
剣を引きながら胸に独り言ち、悔し気に底光りするソシギの紫紺の瞳を見やる。
*
魔術師学校5年生の初夏。2年に及ぶ同級生との総当たり戦、「卒業試験」は三か月前から始まっていた。試験官たちが模擬戦の内容から認めれば、2年間のどの時点でも試験は合格となり、晴れて卒業まで自由の身となる。ケインにとって合格を勝ち取ることは問題ではない。問題は、どのくらいのスピードで、誰まで当たって合格するか、だった。
「お、ケイン。今のところ秒殺だってな」
お前もな。ケインは振り返りながら風を投げる。軽く片手で挟み止められ、つい舌打ちが漏れる。振り向いた先には、すらりとした長身に長髪、甘いマスクに笑みをはいたロベルト・スワニカがいる。
「いや、ソシギの試合は超必死。くそダサかった」
「同意」
ニヤリとされもう一度舌打ちする。
ケインとこのロベルト、そしてソシギは、卒業試験で見せているとびぬけた実力から、最近、
ケインとロベルトは気が合う友人だが、かなり年上で、誰ともほとんど無駄話をしないソシギは、二人にとってはあまり近しい存在ではなかった。
4年生までの「基礎」「応用」の試験成績と、5・6年生の「実践」での成績に乖離が生じるのは、例年良くあることだ。実戦となると、恐ろしいほどの力を発揮するタイプの人間というのは、必ずいる。ただ、それがあの『ガリ勉』ソシギであったことは、5年生の間ではちょっとした波紋を呼んでいた。
「お前が先に当たってくれて、ラッキーだった」
ロベルトは再度ニヤリとする。彼の分析術、戦術の巧みさは、誰もが認めるところだ。
「ノーマークだったからな。……とりあえず、昼飯行こうぜ」
二人はのんびり歩き出す。学内でも人気のある二人の連れだった姿を、ちらちらと女学生たちの視線が追う。
ロベルトは、忌々しくも、ケインの学生生活に刺激をもたらしてくれた、かけがえのない友人だ。魔術師学校に入学して初めの1年間、ケインには学校の授業は退屈だった。魔術を習うことに興味がわいたのは、ロベルトが2年目に編入してきた時からだ。
実技の授業で一瞥したところ、ロベルトの魔力はそれほどのものとは思えなかった。ところが、教官の出した課題に対して、彼は必ずきっちり満点の手技を披露し、ケインの首席を奪った。ケインは初めて、人の魔術を真剣に観察した。
頭で考えて、術を行う。ロベルトの魔術からケインが学んだ結論はそれだった。生まれた時から、感覚で魔力を操っていた彼には、それは術の構成の根本的な変換を意味した。今に至るまで、その気づきはケインの魔術のひとつの芯になっている。
それにしても、器用だよな。
食堂までの道すがら、あちこちからかかる男女問わない声に、如才なく答えていく友人を見ていつもながらにケインは思う。人たらし、という言葉は彼のためにあるのではないかというほど、学校中の生徒と教員の心をロベルトはがっちりとつかんでいる。
もちろんその能力は異性にもいかんなく発揮され、去年まで、ロベルトの歩いた後にはぺんぺん草一本残らない、というのが男子同級生の定説だった。
(来た)
ところが最近、ロベルトのそちら方面の行動には、少し変化が生じているとケインは見ている。
「おひるごはん?」
かわいらしい笑顔で、はちみつ色の髪をきらめかせて現れた少女に、はっきりと他とは違う緊張をはらんだ笑みでロベルトは答える。
「うん。……君も、一緒に行く?」
「ええ」
彼女の返答に明らかに浮つく友人に、ケインの背中はこそばゆくなる。ひそかにヒヨコとケインが呼んでいる、ひとつ下の学年の少女、メイを前にすると、博愛主義で口八丁のロベルトはなぜか少し無口なのだった。
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