1-3 ケイン教官の後悔

 西の森は広い。風の精霊の使い魔に上から探させたが、悪霊どころか悪い気の溜り場も見つけられず、ケイン教官は唇をかむ。


「奥の手を、出すしかないか」


 嘆息し、伝書の使い魔を呼び寄せる。


「あの人の店に、行っておくれ」


 追跡を得意とする魔術師の元に、使い魔は一散に飛び去った。

 もう一度、地上を動物の姿の精霊に探索させながら、傷を負った生徒について思い返す。




 テオ。――ここ1年あまり、素行不良で魔術師学校内でも問題になっていた生徒だ。探索・攻撃中和の特殊技能の才はずば抜けているが、もともとあまり人付き合いの良い方ではなかった。

 入学してから初めの「基礎」の2年間、彼も他の生徒と同様、すべての系統の魔術を学んでいたが、「応用」に進む3年目、特殊な魔術の習熟に目的を絞った「特殊技能生」に認定された。それ自体は珍しいことではなく、探索や治癒など、特別に優れた能力があるものは、そこを伸ばしていく教育方針がとられることはままある。

 3年生になってから、彼の学習の進捗は遅れがちになった。東の通りで夜によく目撃されている、と、ケイン教官に報告が入ったのもそのころだ。


「……学外で何しようと、基本的には勝手なんだけどさ。東の通りは、ちょっと君には早いんじゃないの」


 テオを実習室に呼び出し、赤毛の頭をかきながらケイン教官は切り出す。

 自身に身に覚えがなくもないケイン教官としては、こういった話を生徒にするのは好きではないのだが、テオの学習の遅れが目に余るようになり、主任教官としてお説教を任されたのだ。


「勉強に支障がなければある程度は目をつぶるけど、今のままだと君、落第だよ」


 テオは黙って下を向いている。その頑なな肩に、事情があるな、とケインは踏んだ。


「まあ正直、遊ぶことは構わないんだ。でも君、特にここひと月くらい、授業の出席率も極端に悪いし、毎日、魔力を相当使って帰ってくるだろ」


 ピクリとテオの肩が震える。彼が深夜に実習室で自主練習をしていることを、ケイン教官は把握していた。時間をかけて努力しても魔術の上達がないのは、練習に足る十分な魔力が彼に残っていないことが原因だ。


「東の通りでそんなに魔力を使うって、下種げすな勘繰りもしたくなるけど、君には事情がありそうだ。話せないかい」


 しばらくテオは黙って下を向いていたが、意を決したように顔を上げる。


「先生。俺は、モグラなんです」


 ケイン教官は眉を顰める。


「……モグラ?」

「俺は、地に潜って音を聞かないと、悪霊も精霊も存在がわからない。……見ることが、できないんです」

「……それは、別に悪いことじゃないさ。特殊技能が突き抜けていて、他にできないことがある魔術師は、たくさんいるよ」

「知ってます。でも、俺は、見えなきゃならないんです」


 テオの瞳には切迫した光がある。


「それと、東の通りの店と、どんな関係があるの」


 ケイン教官の問いかけに、テオは黙り込む。


「毎日、東の通りで地に潜って、……何かを、探してるのかい」


 テオは答えない。そこからかたくなに口を引き結び黙り込む彼に、ケイン教官は嘆息する。


「……分かったよ。今は聞かないでおく。でも、これだけ耳が良い君は、見えないことなんてやり方次第でどうにでもなるんだよ。事情が説明できるようになったら、相談においで。……それから、今のままだと落第させる方針は、変わりないよ」


 そんな話をしたのが、確か二月ほど前のことだ。

 もう少し、突っ込んで話をしておくべきだった。ケイン教官は唇をかむ。

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